【本要約】世界のエリートが実践する心を磨く11のレッスン

【本要約】世界のエリートが実践する心を磨く11のレッスン

2021/11/19

今を生きる

すべては流れゆくものとして、生きていく。

人生の中で「素晴らしい」「最高だ」と思える出逢いがあっても、それが日常になると、つい私たちはその存在が「当たり前」だと思ってしまう。そして、失ったときにその大切さを痛感し、大切にできていなかったことを後悔する。そういうことが誰にでもある。

「今を大切に、今を生きる」という意識が大切になってくる。

平穏と苦悩

  • 不安な感情や思考に気付いたら、悩まないでそのまま流す。
    ネガティブな感情や思考に惑わされずに、冷静に無心で、モノゴトを捉える。
  • 自分の内面と向き合い、自分にとって何がいいのか」を感情に流されずに決めていく。
    不安や苦悩の状態に陥っても、自分の心をスッと切り替え、自分で解消できるようにする。

普段、自分の心の状態に気付かずに無意識に生きているが、人間の心の状態は大きく2つに分けられる。

①幸福感・喜び・感謝の心が生まれる平穏な心の状態
・頭の中がスッキリとクリアになり、クリエイティブなアイデアが浮かぶ。
・集中力が高まる。
・今ここに意識がある。
・何をするのかはっきりしているので、行動も早く結果が出しやすい。

②苦悩の状態
・ネガティブな感情が現れ苦しくなる。
・視野が狭くなり、他人との距離を感じる。
・頭の中は、未来と過去をグルグルしている。
・集中力が続かない。
・モヤモヤと不安になって行動できない。

他人からの指摘にイライラするのは、自分が作り上げた自分の理想像と比較してしまうからだ。理想像に固執した瞬間に、苦悩の状態になる。

周りの状況は変えられなくても、自分自身の心の状態は変えられる。感情=自分とならないように、一歩下がって見る。

・今やるべきことに集中する。
・コントロールできないことを手放す。
・自分の欠点を素直に認める。
・自分の欠点を補ってくれる人の力を借りる。

心と世界の在り方

・意識を通して心の在り方を学ぶ
・体感を通して自分自身と世界の在り方の本質を知る

①過去の傷

過去の傷を癒すことによって、嫌な経験が原因でかけてきた色メガネを外し、世界をありのままの姿で見ることができる。見て見ぬフリをしている過去の傷が元になって不安になっている。「また、傷つきたくない」という恐れが将来への不安を呼び起こし、一歩が踏み出せない生き方を強いられてはいないか。

②今を生きる

【脳内で交互に行われるプロセス】
・集中タスク
今ここで取り組んでいるタスクに集中する
・非集中タスク
今取り組んでいる課題に関係ない情報を消すタスク
私たちは、集中タスクが得意なので、隙間時間さえあれば、スマホから様々な情報を脳内に取り込み続けている。その結果、頭の中がごちゃごちゃになる。たくさんの情報や不必要な思考やネガティブな感情で頭がパンクしそうになっている。だから、今ここに意識を持ってこれない。

不要な情報を破棄して、思考を整理して、感情をポジティブにすることで、今に意識を持ってくることができる。

③新たな世界観

私たちは普段、制限された身体と言葉の観点で、モノゴトを捉えている。

例えば、自分の性別・学歴・キャリア・思考・感情・記憶、家系・文化・社会・宗教・国である。私たちはこれらのフレームに縛られたままモノゴトを捉えてしまう。

高次の視点を手に入れることで、自分も他人も、空気や物質や地球や宇宙もすべてはつながっていると捉えることができる。

瞑想を通して、思考を観察し、身体と心を整え、今ここに意識を置く練習をする。

物質と意識

人間は、愛と心のつながりを求めて生きている。それと同時に、様々なものを求め始める。

・お金が欲しい
・健康になりたい
・もっと活躍したい
・もっと有名になりたい
「もっと」を求め、自分の心の中で、自分を再定義する。

他人とは違うユニークな存在であることを求める。私たちの心の中にいる、この心理的な存在のことを「エゴセルフ」と言う。

私たちは身体と心を持って生きている。私たちは物質的なレベルで、身体として存在している。この物質的な身体は、木や動物などの他の生物とさほど変わらない存在である。他の生命と同じように、生まれ、食べ、安全を確保し、生殖をするといったベーシックなニーズを満たしながら生きている。

一方で、人は心理的なレベルで、意識として存在している。思考・感情・記憶・信仰などが含まれる。私たちが普段「自分」「私」「僕」などと呼んでいるときは、この意識のことを指している。

私たちの人生における心理的・感情的な経験は、非物質的な意識に発生しているものである。意識はあまりにもはっきりと感じられるものなので「自分」というコンセプトを否定する人はいない。

意識は、捉えどころのない幻影のようでもある。その理由は、私たちの身体の中や脳の中に物質的に存在するものではないからだ。

「思考 → 行動」なので、思考を変えない限り、その本質的な行動は変わらない。
教わった、取ってつけたような行動をしても、その場限りでしかない。また、元に戻ってしまって、同じパターンに陥る。思考を変えた結果、行動が変わるのが、1番いい方である。

目標と意識

ビジネスの世界で、もし自分の会社で「1億円の利益を上げるぞ」と目標を立てたとしたらどうか?

1億円を稼ぐことにがむしゃらになり「将来」の利益を考えながら、気持ちは焦るばかりだ。意識は「今」にないので集中もできないし「今」やらなければいけないことすら分からなくなる。そんな中「1億円を稼ぐ」という目標はプレッシャーとして肩に重くのしかかり「稼げなきゃ成功者にはなれない」とばかりに苦しい生き方をしなければいけなくなってしまう。

それよりも「今」に意識を持ってきて、一生懸命「今」やるべきことを集中してこなすことができたらどうか?

結果が出て、周りとも心がつながり、楽しい働き方ができるようになる。クリエイティブなアイディアもここから生まれる。これを続けることで、いつの間にか、1億円を超して、2億円、3億円という素晴らしい結果になっていくかもしれない。

マラソンを走るときのアドバイス
長距離を走っていると、苦しくなってつい「もうダメだ」と思ってしまうが「小さな目標設定を何度もすればうまいく」というもの。「5〜6本先の木まで走る」ことを目標にして、その木まで来たら今度は「数本先の木まで走る」と、それを繰り返す。するといつの間にか本来のゴールに近づいているという方法だ。
小まめなゴール設定は、自分の意識を「今ここ」に持ってくる方法である。

長く走っていると、様々な思考が頭の中を流れる。様々な思考が出ているときは、無意識になっているため、足が遅くなったり、足が自動的に止まってしまったりする。このように意識を過去や未来に飛ばさないように、「今ここ」に集中させて、「あの木まで頑張ろう」と目標設定をする。つまり、「今ここ」に意識を集中させて、それを積み重ねていくことが、最終的にいい結果をもたらす、ということだ。

このように、「今ここ」に意識を持ってきて、やるべきことを一生懸命していると、いつの間にか「叶えたい」と思っていたレベルすら超えていることがある。

頭の中に様々な思考が巡っているときは、無意識になっている。その思考は、過去や未来のことである。今、現在に目を向ける。今、ここに意識を集中させる。無意識で過去や未来に悩まずに、意識的に目の前のことに集中して取り組む。

夢と仕事

人生の方向性をイメージし、夢を描くことだ。

ビジョンとは人生の方向性である。「自分の人生でどの方向に行きたいのか」という方向性を決めておく。山の上にドーンと旗を立てて「私はこんな人生を送りたい」という大まかなイメージで、夢を描く。

具体的な詳細は一切必要なく、そこには笑顔で幸せそうな自分の姿、どんな感じの場所に住み、誰と共に幸せを共有しながら生きているのか、そんな大まかなイメージでいいから、夢を描く。

仕事でも、ビジョンが必要だ。ビジネスでもビジョンは必要だ。

「どのくらいお金を稼ぎたいのか」という目標設定ではなく「私たちの企業はこのような感じの企業で、地域にどのように価値を提供し、どのような世界を創っていきたいのか」というものだ。

これは企業のトップにいる経営者の心の底から生まれたもので、経営者自身の人生観とマッチしていなければいけない。上辺だけで考えられた机上の空論では誰も共感はせず、人を動かしていくことはできない。それくらい経営者本人の信念から生まれるビジョンは大切なのだ。

過去

過去に向き合うときは、「なぜ ( why ) という質問の答えを出す」ことに意識を集中させるのではなく、その経験から「何 ( what ) を学ぶことができるのか?」あるいは「どのように ( how ) この先、取り組めばいいか?」ということに頭を切り替えていく。

「自分が苦しい」と思うときは、長期的な判断をしてはダメだ。自分と向き合い、自分の心の中の真実を見る。それで、今までの生き方と自分の信念にズレがあると感じるなら、今がチャンスだ。新たな生き方を今から作る。

生きる意味

身体の観点から見ると、私たちは生命体の1つである。身体が生まれてきて、私たちは身体の衰えと共に死を迎える。これは他の様々な生命と同じだ。

「生きる意味は何か?」という質問に答えるとするならば「生きること」と言える。

「生きること」は、様々な経験を積んで、学び、いっぱい感動して、人とつながる素晴らしさを経験し、死ぬ最後の瞬間まで「生きること」だ。

私たちは、生まれた瞬間から毎日「死」へ確実に近づいて生きている。明日起きたら、また、さらに死へ近づいている。その真実にあらためて気がついたとき、人は「今」を大切に生きるしかない、と思う。私たちには「今」しかなく、「過去」はすでに過ぎ去り、「将来」はすべて憶測か妄想にすぎない。

人は死ぬ間際にどんなことを望むのか?
人々は「あと少しだけ、愛する人と共に時間を過ごすことができれば」と思う。

人が本質的に求めるものは「つながり」である。愛する人と深いところで「心をつなげる」ことや、動物やペットと「つながる」こと、そして自然と一体になり、すべてのものと「つながる」ことだ。

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