「不食という生き方」からの思考
2021/8/13
人類史の99%は、狩猟採集時代だった。
狩猟採集時代は、獲物が取れたり、取れなかったりするから、「飢餓」が日常だった。
そして、火が使えるようになる前は、食物の消化に時間を要した。だから、腸は今よりも長かった。そして、食物を消化しているときは、身体のエネルギーが、食物消化に費やされていたので、人類は、ダラダラして過ごしていた。
現代でも、私たちは、食後に、眠くなったり、集中できなかったり、ダラダラしたりする。それは、身体のエネルギーが、食物消化に費やされていているから、当然である。満腹まで食べれば、尚のこと、身体のエネルギーは、食物消化に集中する。頭が働かないのは、当然である。
身体のエネルギーは、無限ではない。どこかでエネルギーが費やされれば、他には、エネルギーが回らないように、バランスをとっている。
それでは、ベストパフォーマンスは、どのようなときに、もたらされるのかは、自明だ。
人類史のほとんどを占めていた「飢餓」という日常の中である。食物消化というエネルギー消費が起こっていない「空腹状態」である。
人間はそんなすぐに進化しない。飽食は、ここ、100年もない歴史である。だから、飽食による生活習慣病が、死因のNo.1である。
私たちは、食べ過ぎなのだ。
エジソンの最大の発明は、朝食だ。
朝食は、資本主義のための文化である。

朝食をとると、身体のエネルギーが食物消化に奪われてしまって、脳にエネルギーが回らない。仕事が捗るわけがない。
昼食も同様だ。特に食べ過ぎてはいけない。

自分の知らないことは、科学的ではないことは、私たちは、怪しくおもってしまう。
本当かどうかはわからない。自分で試してみないとわからない。けど「不食という生き方もある」という知識だけは持っておく。
なぜ、私たちは、食べ過ぎてしまうのか?
不食という生き方があるとすれば、食事は、まさに、ドラッグ以外のナニモノでもないだろう。安くて簡単に、ドーパミンを放出させて、快楽を得ることができる。
そして、食事にハマり、常用することで、生活習慣病という病に陥り、死ぬ。
1日3食なんか食べたら、身体は常に消化をしなければならず、ずっとエネルギーを消費し続けて、脳にエネルギーがいかず、集中できず、食べ過ぎで、病気になる。
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