不安は娯楽だ

資本主義

不安は娯楽だ

2021/9/26

資本論という正しさ

「仕事をしたい」という社会的性質を持ちながらも、「サラリーマンはしたくない」という資本主義の駒としての道を否認する。それならば、資本家という経営者しかない。それは「やったことない」だけでなく、「何をすればいいのか」という軸が定まらず、不安定の中で、不安を抱えている。

仕事を求めてる夢をよく見る。

「仕事をしなければならない」という社会的性質が、「今のままでいたい」という脳の恒常性と格闘している。

  • 知識は、無常に、矛盾した行動に疑問を投げかけてくる。
  • 自分が目指す未来がない行動にブレーキをかけてくる。
資本論の要約~実は、この世の中は、資本主義は、残酷な世界だった
社会は商品で成り立っていて、商品には使用価値と交換価値がある。他人にとって使用価値があるものが商品である。商品は、人の労働が内在しているので、商品の価値は、人の労働の量によって決まり、労働の量とは、労働時間である。すべての商品を一定の比率でイコールで繋げる商品が、貨幣である。

この1年くらいで何百冊の本を読み、聞いてきたのだろうか?数えきれない。

やっぱり『資本論』なのだ。

『資本論』には、これまでの自分の人生の全否定があった。

正しい知識は、本と歴史にあった。

ガムシャラに働いて、「お金持ちになった」ような気がしたけど、「なんか、辿り着いていないよなー」という違和感はあった。

その答えを資本論は、正しく用意していた。正し過ぎるくらいに。
「その正しさ」によって、縛られるようになる。

「歴史的絶対的真実と、この資本主義社会の成り立ち」という事実の前に、「正しさ」を受け入れるしかない。

自分の過去は否定された、これは、どうしようもない、戻れないのだから。諦めもつく。しかし、未来においては、正しくありたい。未来に正しくありたいし、「自分が歩んだ先に掴みとりたい未来がある」と信じられる道しか歩けない。

そのための現在は、その道を探して、『資本論』のような絶対的真理を求めて、本を読み続けている。どうやら、一冊の本に、絶対的真理は、なさそうだ。たくさんの本の中の様々なエッセンスを取り入れ、自分の中でミックスして、こねて、叩いて、伸ばして、という思考を繰り返して、少しずつ形を成していく。

不安は娯楽

感情は娯楽だ。

明日簡単に死ぬことがない現代では、飢えや病気で明日死ぬ可能性がない現在では、感情は偽ったり操ったりする娯楽だ。ジェットコースター・ホラー映画・音楽・ドラッグetc.

だから、不安という感情も娯楽だ。

不安は、自分が想像した未来から生じる。
現在の姿とありたい未来の姿のギャップが不安の源泉である。

不安は、ありたい未来への挑戦をしている証拠でもある。ありたい未来を正しく想像しているから、現在とのギャップを痛感し、不安となる。

安定・安心した生活の中に不安はない。

不安を娯楽として、ポジティブに楽しむことだ。不安を今の自分に必要なモノだという認識である。

自分にとって正しい生き方だから不安である。

不安とは、自分らしさの証明

【本要約】「感情」の解剖図鑑
何かを体験したり思考したりして、脳に何らかの情報が入ってくると、脳は信念と照らし合わせ評価する。 情報と信念のズレによって、感情が生まれる。

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