見栄と進化と変容

見栄と進化と変容

2021/2/22

名古屋は、ブランドがすごい。道を歩けば、ブランド品店ばかりを目にする。

ブランドとは、見栄の産物であるから、見栄っぱりが多いのであろうか?

人は誰でも人からよく思われたい生き物である。それは、人が社会性の生き物であるからである。そして、その社会性が、人を進化させ、現在の万物の長たらしめた。

だから、見栄とは、必要な能力である。ただ、その程度は人によりけりである。

服からバックや靴、その身に付けているすべてが、ルィヴィトンのおじさんがいた。

俺は、例え、10億円持っていても、ユニクロを着るだろう。清潔感があれば、それでいい。

昔は、服に興味があって、服にお金を使っていた時代もあったが、今では、服に興味がなくなってきた。服を選ぶことすら億劫になってきた。体型に合うサイズの清潔感がある服を誰かが買ってきてくれて、何も考えずに、その服を着るくらいでいい。

人は、変容していく。

だから、また、いつか、服に興味が出てくることがあるかもしれない。でも、多分、そんな日は来ない。テレビを捨てることで得た時間のように、服への興味を失うことで得た時間がある。その時間の貴重さを知っているからだ。

自分の命を、大切にする。

自分の命とは、自分の時間である。

限りある時間を、本当に自分が、必要なことに使わなければいけない。その失われた時間は帰ってこないのだから。

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