最高の1日、最期の1日

幸福

最高の1日、最期の1日

2021/11/22

「次がある」と思う、「また機会がある」と思う、そうすると、そこに価値を見出しにくくなる。「次はない、人生で一度しかない」と思うと、その体験は貴重で唯一になる。

近場での旅行は、「また、来るかもしれない、すぐに来れる」と考える。

  • 都心なら、ディズニー、湯河原温泉、熱海温泉なんかは「すぐに行こう」と思ったら、行けてしまうくらいの価値しかない。
  • 遠くへの旅行は、ヨーロッパや、南米は、人生で、最初で最後かもしれないから、貴重な体験で、価値がある。

「また次があるかもしれない」「また機会があるかもしれない」「また今度」とおもって、私たちは、その価値を見失う。

付き合っているとき「この人とずっと一緒に居たい」と想っても、ほとんどの場合、それは叶わない。ほとんど、別れる。

だから、その人と過ごす一瞬、一時を大事にしなければならない。別れることを前提にしたら、2人の関係がつまらなくなってしまう。「別れることがあるかもしれないから、今の時間を大切にしよう」と想って過ごす。2人の時間を何気なく過ごさない。2人に「また今度」という未来はない。

そもそも、私たちの今日は、今しかない。今の積み重ねが今日である。

今日に2回目はない、今日に次回はない。明日は今日じゃない。明日は今日を終えた後に来る、今日の先に明日がある。その意味では、明日は、一生来ない、私たちが体験できるのは、今日だけしかないのだ。今日は、今から成るのだから、今の過ごし方で今日が決まる。

もし、今日が人生最後の日だとしたら、私が今やろうとしていることは、本当に自分のやりたいことだろうか?
スティーブ・ジョブス

とても、いい言葉である。

でも、私たちは、スティーブ・ジョブスみたいな歴史に残る偉人では、ない。
私たちは、彼みたいに生きられない。

私たちは、たくさんのしがらみの中で生きている。学校に行かなければならないし、仕事をしなければならないし、家事をしなけれならないし、子育てをしなければならないし、親の面倒を見なければならない。私たちの目の前には、やるべきリストで山積みだ。そんな中で「今日が最後の日だ」なんておもって、過ごせない。

私たちは、明日があって、明後日があって、来月があって、来年があってと、未来を考えてしまう。「今日だけを考えて、今日を最高の日にしよう」とおもって、生きられるほど、自由じゃない。私たちには、仕事がある、生活がある、家族がある。そこには、お金と責任がある。

自分のことだけを考えて、未来のことを気にせず、自由を謳歌できない。
私たちは、自分のフレームの中で、自分なりの今日を生きることしかできない。

それでも、今日は返ってこない。一度過ごした今日は戻らない。2021年11月22日は、41歳10ヶ月17日は、一度しかない、今日しかない。時間は稼げない、時間は増えない。お金は稼げるし、お金は増やすこともできるけれど。

例え、今日が休みの日だとして、自分の自由に1日を過ごせるとしても、「今日、人生最後の日だとしたら何をしようか」なんて、大層なことを考えながら過ごせない。

「最高の1日ってなんだろ」って、「自分にとって人生最期の1日ってどう過ごすんだろう」って、考えてないとわからない。私たちの毎日は、やることリストで忙殺されている、そんなことを考えている暇はない。だから、まずは、考える時間を持つことなんだろう。

最高の1日を想像すること、「どんな日にしたら、自分にとって、今日、楽しかった、幸せだった」と思えるのか?

  • お金を、使って、欲しいモノをたくさん買うこと、好きなだけ買うこと
  • 買い物に行って、自分の物欲を満たすこと
  • 家族と過ごすこと、恋人と過ごすこと、友人と過ごすこと
  • 家の中で料理を作ったりしてゆっくりと穏やかに過ごすこと
  • 遊園地に行くこと、ディズニーに行くこと、スポーツをすること、温泉に行くこと
  • 寿司、焼肉、ラーメン、ステーキ、トンカツ、美味しい料理を食べること
  • 酒を呑むこと、デザートを食べること
最高の1日を考えることから、最期の1日が見えてくるのかもしれない。
最高の1日を考えることから、自分の幸せに気付くかもしれない。

最高の1日は、物欲を満たすことかもしれないが、最期の1日は、物欲を満たすことではないだろう。明日がないのに、物を買っても、しょうがない。お金で買える物に価値があるのは、未来があるからだ。未来がなければ、物に価値はない。

お金や物に価値がない。

「最期の1日に価値があるのは何か?」

それが、「幸せとは何か?」という私たちの永遠の課題と同質の問いかもしれない。

幸せは、実は、大層なことではなく、日常の中にある、家族や恋人や友人とのつながりなのかもしれない。
  • お金が介在しない世界である。
  • 私たちが生きてきた証しである。
  • 人生において、助け助けられてきた存在、私たちの人生に彩りを与えてきてくれた存在である。

私たちは、1人で大人になったのではない。誰かの力を借りて、誰かとつながって、誰かと競争して、誰かと分かち合って、誰かと離れていって、成長してきた。たった1人の人生だったら、どんなにつまらなかっただろう。私たちは、人とのつながりの中で生きてきたし、これからも、ずっと、人とのつながりの中で生きていく。

人とのつながりの中に、最高の1日があって、最期の1日があるのかもしれない。

「また今度がない、最期の1日を、誰とどう過ごしたいか?」

それが、1つの幸せの結論

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