無職と自由の向こう側

健康

無職と自由の向こう側

2021/3/17

病院に行った。

その病気は、これまでも、ストレスが強い時に発症している気がしたから、そのことを医師に話した。

ストレスの原因を尋ねられた。

仕事?

仕事じゃない、無職だから。

いろいろと尋ねられる。

夜は眠れてる、酒もできるだけ控えめにしている、健康に気を使った食事もしている、規則正しい生活をしている。

その時、「ストレスの原因は、何だろう?」と考えて、出た答えは、「未来に対する漠然とした不安」という曖昧な言葉だった。

それが、医師と会話をしている中で、見つけた答えである。

翌日、この文章を、書いている時に気付く。「未来に対する漠然とした不安」を、無意識化で思考して出した結果は、仕事をしていないこと、「無職であること自体」がストレスかもしれない。

先日、呑んでいる時に、「毎日、何をしているのか?」と聞きにくそうに、聞かれた。
全然、聞きにくそうにしなくていい。全然、正直に答える。本を読んだり、本を聞いたり、ブログ書いたり、簿記の勉強している。

多くの人は、毎日、仕事をするという認識があるから、仕事をしないで何をしているのかは、確かに、気になるかもしれない。

「何をやっているのか」と聞かれて、言葉にした時に、「案外、何もやってないな」と思った。そして、無職を再認識した。

心の中の、” 無職ではいけない ” という思考と、現在、” 無職である ” というギャップが、ストレスの根本であった。

「毎日、自由に生きられて、幸せだ」と思っていた。

でも、上がってない、経済的自由ではない、見せかけの自由は、偽りの自由である。

無職という社会的孤独の結論は、社会的活動への、仕事への、回帰だった。

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