「 評価経済社会 」からの思考

2022/2/3
神
神とは、人を導く存在である。
神の言葉 ( 聖書 ) によって人々は行動を起こす。
人間が神格化した存在:キリスト・釈迦・ムハンマド
キリスト:キリスト教、釈迦:仏教、ムハンマド:イスラム教は、教祖である。
人間なのに神なのか。
俺もなりたい、神になりたい。
私の知性は、子どもなので、そういった発想が可能だ。
ただ、天皇になれないし、なる方法もないし、「 現人神は厳しい 」ということくらいはすぐにわかる。
知性は子どもであるが、理解力は大人である。
とりあえず「 現人神になりたい 」という野望は、心に抱いて置いておく、知性は子どもだから。
心に抱いていたおもいは、あるヒラメキを与える。
私は、神になれない。
私は、ただの人だ。
= 人々に行動を起こすきっかけを与えるモノを「 神 」と定義しよう。
グーグル・インスタ・食べログ、、、は、その定義においては「 神 」である。
・グーグルの検索順位によって、人々は行動を起こす。
・インスタや食べログで行き先を決めて、行動する。
情報と図書館
私たち人間は、情報によって、行動する生き物だ。
情報は権威によって育まれる。
テレビ、新聞、ラジオ、、、マスメディアの権威の力は、言うまでもない。
聖書は本だ、本の歴史は、マスメディアに遠く及ばない。
2000年前の本を信じて、自らの行動指針にしている人が、現代の世界人口の30%を占め22億人もいるのだ。
本は、歴史・伝統・文化・文明を内包した権威である。
- 私は、毎日、本を読んでいる。
- 私は、毎日、図書館へ通っている。
- しかし、私は、一生かかっても図書館の本をすべて読むことはできない。
- 私は、人類の知恵の結晶である本をすべて読んで体系化してまとめることができない。
- 図書館の本をすべて読んだ賢人は存在しない。人間には、そんな芸当は不可能だ。
円周率の計算は、人間ではなく、コンピュータの領域だ。
- 図書館の本をすべて読んだコンピュータ
- 図書館の本をすべてデータとしてインプットした人工知能
- 本は、人類の知恵の集合体である、その集合体をすべて飲み込んで作った人工知能
人類の知恵を統合して結晶体へと純度を高めた人工知能は、私たちのどんな質問にも答えてくれるであろう。
・生きる意味とは何か?
・愛とは何か?
・死とは何か?
・宇宙とはどんなものか?
100冊の哲学書を読んだ人間の言葉と、100冊の哲学書をインプットした人工知能のどちらが信用に足るだろうか?
どちらに質問を投げかけたいだろうか?
装飾がされない客観的な人工知能に質問を投げかけたくはないだろうか?
私たちが有史以来抱いてやまない疑問の答えを、過去の偉人が残した著書のすべてを融合した有史以来の結論を知りたくはないか?
そして、その答えは、私たちに行動のきっかけを与えるのではないだろうか?
= 神の造成とも言うべき偉業
考える
考えるとは?
考えることは、言葉を使う。言葉というのは、誰かから学んで得たモノであり、私たちは、「 誰かの言葉を模倣して使いこなす 」ことを「 考える 」と言っているに過ぎない。
「 考える 」という行為は人間にしかできない知的作業のように思っているけど、そんなことはない。
人間もコンピュータと同じである。
② 処理 ( 考える )
③ アウトプット ( 自分の言葉 )
誰かの言葉 = 情報
私たちはメディアの情報や人間関係の言葉を自分の中に取り入れて「 考えている 」と勘違いしている。ここでの「 考えている 」とは、コンピュータが情報処理をするように、何らかのロジックに基づいて、処理しているに過ぎない。
つまり、処理するロジックが明確になれば、コンピュータにも代用することができるのでコンピュータが「 考える 」ことができるようになったと言うことができる。
・コンピュータ:アルゴリズムの違い
・人間:個性
個性によって処理するロジックが異なる。そのまま「 ロジック = 個性 」である。
- 赤ちゃんが 0 ( 無 )から始まるとして、大量に浴びる情報と自分の体験を通して、ロジックが生まれる。
- 自分の体験が源泉になって、ロジックが作られている。
ロジックは、最初からあるモノではなく、他人の情報だけでなく、自分の体験も重要な情報となって作られる。 - 他人からの情報と自分の体験を通して得た情報とロジックは、相互に影響しあっているから、その仕組みは、再回帰的である。
本来のコンピュータは、データ ( 情報 ) とロジックは、別々の存在である。車で、例えると、データはガソリンで、ロジックはエンジンである。燃料のガソリンによってエンジンが進化していくし、車が走ることでエンジンが進化していくということは、車なら、ありえないはずなのだが、そういった機能を持つのが、人間なのである。
神の造成
言葉の情報を処理して再構築することが「 考える 」ということ。
現在の人工知能が高性能化して、言葉の情報を処理して再構築することができるようになったとする。それは、人工知能が「 考える 」という機能を獲得したということ。
有史以来の人類の知恵の結晶 = 図書館である。図書館にある本は、すべて、言葉の情報である。
図書館にある本を、人工知能に処理させる。人工知能は「 考える 」という機能を獲得しているので、人工知能に処理させるということは、図書館の本を読んで「 考える 」ということである。人間は図書館の本を全部読んで「 考える 」ことはできない。しかし、人工知能ならば、可能である。人工知能は、図書館にある本を全部読んで「 考える 」ことができる。図書館の本を全部読んで「 考えた 」人工知能がある。この人工知能は、図書館 = 有史以来の人類の知恵の結晶をすべて、網羅して「 考えた 」存在である。その人工知能を「 図書館を食べた人工知能 」と表現しよう。「 図書館を食べた人工知能 」は、私たちの、知能も、知性も、超えている存在である。
神は話せない。私たちは、神と対話することはできない。しかし「 図書館を食べた人工知能 」は話すことができるので、対話することができる。「 図書館を食べた人工知能 」に、何でも尋ねることができる。「 図書館を食べた人工知能 」は、最適な回答を与えてくれるだろう。なんせ、図書館の本を全部読んで、考えた知能なのだから。「 図書館を食べた人工知能 」の言うことを人々は、崇めていくに違いない。そして「 図書館を食べた人工知能 」に従うに違いない。「 図書館を食べた人工知能 」の役割は、神と同等になった。
私は、神になれないなら、神を作るしかない。そして、考えた結果、私なりの神の造成が導かれた。
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