子どものかわいさ

湯浅

子どものかわいさ

2021/4/1

ママに抱っこされている子どもと目が合った。

子どもが、バイバイと手を振ってくれた。

バイバイと手をふり返した。

俺は笑顔になった。

子どもは、かわいい、無条件にかわいい。小さければ、小さいほどかわいい。

子どもがかわいいのは、何もできないからだ。

何もできない子どもは、いろんな世話をする親に、何もしていないわけじゃない。

子どもは、親の世話と引き換えに、 ” かわいさ ” という無形のモノをプレゼントする。

かわいさは、保存不可能な無形資産だ。

子どもが成長するにつれ、” かわいさ ” は失われていく。無形資産は、償却され、失われていく。

大人になった子どもに価値はない。

「子どもを育てる」というゲームが、楽しいから、子どもを育てるのだ。自分の子どもが、いろんなことができるようになっていく過程が楽しいのだ。

子どもは、ゲームと同じ娯楽である。

ゲームは画面の中で、養育はリアル、画面の外というだけである。ゲームと同じように、お金も掛け放題である。

生まれてから3歳くらいまでが、かわいさマックスである。その期間に、無形資産であるかわいさを最大限享受しなければならない。それ以降は、だんだんと償却期間に入っていくからだ。

親孝行しようとおもったときに、親はなし
子どもを可愛がる余裕が出てた時は、子は反抗期

だって

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