「未来」という存在しない概念の矛盾

知識

「未来」という存在しない概念の矛盾

世界変容 〜 ショックドクトリン
世界的流行風邪の正体=ショックドクトリン。私たちは思考することで、世界を抽象的に俯瞰することができる。

2021/9/13

私たちは、モノゴトを考えるとき、自分の価値観で判断してしまう。
・正しいとか、間違っているとか
・賛成とか、反対とか
・成功とか、失敗とか
・人と同じとか、違うとか

例えば、日本に黒人がいたとして、それは、外人である。ここがアメリカなら、黒人は、一般人であり、大衆であり、オバマであり、元国のトップである。

その人が、存在する環境・状況・立場、そして、個人の思考によって、形作られる価値観がある。

嫌いな人は存在しない。
・価値観が違うだけだ。
・環境が違うだけだ。
・状況が違うだけだ。
・立場が違うだけだ。

「世界的流行風邪を許す」ということだ。

・価値観に縛られてかわいそうだな。
・環境に縛られてかわいそうだな。
・状況に縛られてかわいそうだな。
・立場に縛られてかわいそうだな。
・ルールに縛られてかわいそうだな。

” 同情 “ という感情を持つことで、許すことができる。
” 納得 “ できない、ましてや、” 共感 “ なんてもっとできない。

私たちは、お金を稼ぐために仕事をしている。

仕事にはルールがある。
だから、仕事のために、ルールを守る必要がある。

仕事 = お金

お金にはルールがある。
だから、お金のために、ルールを守る必要がある。

・お金のために、ルールに縛られてかわいそうだな。
・お金のために、自分の価値観を縛られてかわいそうだな。
・お金のために、自分の家族を捨てしまってかわいそうだな。
・お金のために、自分の友人を捨てしまってかわいそうだな。
・お金のために、自分の生き方をできずにかわいそうだな。
・お金のために、自分の人生を捨てていてかわいそうだな。
・お金のために、死んでいてかわいそうだな。

「かわいそうだな」と許す。

自分の価値観も、生き方も、そして、私たちが持つ唯一お金で買えない資産である家族や友人でさえも、お金のために、捨てている。それは、死んでいるも同然だ。

かわいそうだな。

・生きながら、死んでいる、お金のために。
・死にながら、生きている、お金のために。
・死んでいる、お金のために。

そして、本当に、肉体が終わるとき、本当に、死ぬときに、気付くのだ。

自分が、お金のために、死んでいた人生に。

あぁ、あのとき、俺は死んでいたんだ、俺の人生は終わっていたんだ、生きながら死んでいたんだ。

「死んでいて、かわいそうだな」と許す。

「『お金 = 仕事が正しい』と信じていて、かわいそうだな」と許す。

そのために、自分ができることは何だろう?
何が自分にできるんだろう。
「お金がすべてじゃないよ」という証明か?
「仕事がすべてじゃないよ」という証明か?
生き方で、示すしかない。

死んでいる人に、死んでいることを伝えるのは至難だ。生きていてる人に生きていることを伝えるのが至難なように。

  • 常識や当たり前を信じている人に「あなたの信じてる常識や当たり前って、本当に合ってますか?」と言っても「こいつバカじゃね?」と思われるのがオチだ。
  • 常識や当たり前を信じている人には「あなたの信じている常識や当たり前は、私の常識や当たり前と違いますよ」で『ドン』だ。
    『ドン』=証明だ。事実を証明しないと信じてもらえない。
正しいは存在しない、間違っているも存在しない。

私たちは、目に見えない概念を、抽象化した言葉を作り出した。そして、複雑なコミュ二ケーションを可能にして、進化してきた。

例えば
未来・現在・過去という時間の概念もそうだ。あるアフリカの民族には、未来の概念がないという、共同体で生きる現在しかないという。

「知識がない」という問題ではなく、目に見えない概念は、そもそも存在しないのだ。
私たちは、存在しない概念に怯えながら、暮らしている。

「未来」に、困らないように貯金しなければ、貯金するためには仕事しなければ、たくさん仕事をしてお金を稼がなければ、毎日を仕事で満たさなければ、と「今」を生きていてる。

・「未来」という概念によって「今」を見失っている。
・「未来」という存在しない概念によって「今」が失われている。
・「未来」があると信じることで「今」を喪失している。
・「未来」のために「今」を捨てている。

でも「未来」においては「今」なのだ。

・明日という「未来」を、実際に過ごすときは「今」なのだ。
・1ヶ月後という「未来」を、実際に過ごすときは「今」なのだ。
・1年後、10年後、100年後という「未来」を実際に過ごすときは「今」なのだ。
そうだ、そして、100年後の「未来」は来ない。100年後は、死んでいるからだ。

『死』という「未来」のために「今」という現実を捨てている。

『死』という「未来」があると信じることで「今」という現実を喪失している。

『死』という「未来」という存在しない概念によって「今」という現実が失われている。

『死』という「未来」という概念によって「今」を損なっている。

自殺が悪いだなんて思わない。
自殺は生き方だ。
自殺という生き方もまた選択肢のひとつだ。
自殺しながら生きているのだから存在しないだけだ。

生き方は自由だ。
どんな生き方でも自分が選んだ生き方だ。
その生き方に誇りを持って生きていけるかだ。

未来において、素晴らしい生き方だった、いい人生だったと言えるかだけだ。

答えは、未来の自分にしか出せない。
未来の自分を想像して、創造する。
それが、未来への歩き方だ。

【本要約】悪魔とのおしゃべり
自分の中にある「正しさ」を疑う。正義のヒーローはいつも怒っている。そして、悪のボスはいつも笑っている。人間が怒る理由は、相手に期待しているから怒るのだ。

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