かわいいは絶対的幸福ではないことの証明

幸福

2021/7/17

人は、幸運より不幸を感じやすい性質がある。

それは、人は自分より幸福な人に興味があり、幸福な人の情報ばかりを集めているからだ。だから、何だか自分が不幸に感じてしまう。

かわいいは幸福?

「かわいいを幸福だ」とする。

例えば、テレビやYouTubeや街で、かわいい人を見て、自分と比較して、「なぜ、自分は、こんなにかわいくないんだ」とおもう。

テレビはまだしも、YouTubeなんか、かわいくない人がいる。街をちゃんと見たら、容姿を気にしている時点で、50点はクリアしている。平均より上の部類に入るのだ。

そもそも、かわいいは、幸福なのか?
かわいいは、かわいいで大変じゃないのか?

かわいいということ

かわいいは、いつも、かわいくあらねばならない。みんなに、かわいいを求められているからだ。手を抜けない。そして、かわいいから、かっこいい彼氏がいて当然だと思われる。

人の好みなんて多様だ。顔よりも、おもしろくて、気が合う人がいいかもしれない。でも、高嶺の花だと思われていて、自分の好みの人は寄ってこない。かっこいい人しか寄ってこない。もし、自分から、好みの人に告白したとして、成功したとする。そうすると、みんなに、何でなの?とみんなの価値観を押し付けられる。

かわいいと、ちょっとでも、ネガティブな行動をすると目立つから、いつも、清廉でなければならない。

かわいいは、努力しているのに、ナチュラルで羨ましいと言われる。努力なしにかわいいは持続できないことを、わかってもらえない。かわいいに努力は存在しないことにされる。

かわいいが、絶対的に幸福だとは言い切れない。かわいいは、かわいいで、大変だ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました