日常の快と、非日常の快

幸福

日常の快と、非日常の快

2021/3/12

自分の中の快なことを思考する。

自分にとって、快なこと、ずっと、やり続けられること3つ

  • それは、料理を作って食べることである。
  • それは、酒を呑んで思考することである。
  • それは、文字を書いて発信することである。

これは、日常の中である。

本は、知識の吸収である。
小説は、非日常の擬似体験である。

非日常の中で、ずっとやり続けていきたいことは、旅である。

  • 旅とは、人生における最高の娯楽である。
  • 旅とは、非日常に身を置くことである。
  • 旅とは、非日常から新しい価値観を得ることである。
  • 旅とは、予定通りでないことである。
    予定通りでないことがいいのだ。

ランダム性

人がゲームに熱中するのは、うまくいったり、うまくいかなかったりするからである。いつも、うまくいくものに、人は熱中しない。

ランダム性への執着は、人が狩猟時代に築いた本能である。狩猟時代は、獲物が取れるかどうかわからないという不確実性の中での生活である。だから、獲物が取れた時の喜びと食事があり、獲物が取れなかったときの悲しみと飢餓があった。そんな時代が長く続き、そのギャップが本能にインプットされている。

ゲームの宝箱に当たりしかなければ、宝箱を必死に探さない。ガチャに当たりしかなければ、ガチャを引かない。外れがあるから、そのランダム性に人は本能で惹かれるのだ。

旅と日常

旅とは、最終的には、日常への回帰である。
日常と非日常のギャップこそが、旅の目的であるから、日常へ戻ることで旅は完結する。

だとするならば、日常とは、旅への充電である。

そして、旅を楽しむためには、日常とのギャップが必要である。そのギャップは、大きければ、大きいほど、旅が楽しくなる。

「旅したい」と考えていたら、旅とかけ離れた日常に辿り着いた。

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