不安との向き合い方

湯浅

不安との向き合い方

2021/9/3

何もしなかった日の翌日は、不安になる。

「不安は不安を楽しめ」と本で読んだけど、それが正しい生き方なのかもしれないけど、いや、不安を楽しむとか、そんな簡単なことじゃない。

前に進んでいる実感がないと、自分の存在を自分の価値を認識できない。社会の評価はない、ただ自分の評価しかない。

100%の自由は、100%の自己責任があるだけだ。

前に進むも、サボるも、すべて自分の意思である。すべて自分の意思だから、その評価もまた自分自身である。

人間は、AIみたいに完璧に動けない、不完全な生き物である。

仏陀も、キリストも、モハメッドも、みんな「欲を捨てろ」と言った。

中村天風は言った。

その「欲を捨てたい」と願うこと自体が、欲なのだ。
欲なんか捨てれないのが人間だ。

中村天風は悟った人である。悟った人が言うのだから、それは、信じられる。

  • 「欲を捨てたい」と願いながらも、「欲を捨てられない」のが、人間という生き物である。
  • 「正しく生きたい」と願いながらも、「正しく生きられない」のが、人間という生き物である。

不完全燃焼の1日を過ごした後は、その翌日は、「今日こそ完全燃焼するぞー!」って、おもう。昨日は前に進めなかったから、「今日は昨日の分も前に進むぞー」って、おもう。昨日のことを不安におもっても、昨日は返ってこない。じゃあ、今日、がんばろう。

不完全な私たちは、不完全だからこそ、不完全なりに生きる、不完全に生きる。

そして、完全になりたい、正しく生きたいと考えながら生きる。

昨日は堕落した日だった、でも、その分、今日は、いい日にするんだ、充実した日にするんだ。

今日だけ、がんばる。さあ、今日を楽しもう。

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