これからの娯楽の定義

社会

これからの娯楽の定義

2021/4/24

娯楽とは何か?

1番、手短な娯楽が、スマホである。いろんなゲームができる。YouTubeも見れる。気が付けば、最高の暇つぶしは、手の平の中に収まった。

次は、テレビだろう。依然として、テレビはメディアの王である。テレビを永延と見続けている人もいる。朝起きてから夜寝るまで、テレビを付けている両親である。

スマホのゲームも課金しない限りは、無料である。無料に人は弱いから、無料の娯楽を楽しむ。

例えば、

スマホのゲームは、課金することによって、ゲームをさらに楽しく遊ぶことができる。

旅行のテレビ番組あるとして、テレビで見るより、旅行に行った方が楽しい。

レストランや食堂などの飲食のテレビ番組があるとして、テレビで見るより、行って食べると、美味しさを、味わえる。

娯楽を、より楽しむには、お金がかかる。
無料の娯楽より、お金をかけた娯楽の方が楽しい。

お金がたくさんあるとして、何がしたいか?

食事を例にあげる。

食事は、値段をあげればあげるほど、美味しいものが食べられる。回転寿司、地元の寿司、銀座の寿司と、値段と味は正比例する。

旅行を例にあげる。

旅行も、近くの温泉より、沖縄や北海道の方が非日常で楽しい、お金もかかる。ヨーロッパや南国で過ごすのは、海外だからもっと非日常だ、もっとお金がかかる。お金をかければかけただけ、非日常の旅行になる。

お金がたくさんあるとして、何が欲しいか?

時計、車、バイク、最新のiPhone、ブランドのバック、靴、アクセサリー

人によって様々だろう。

家かもしれない。

現実に、「自分で家を買う」としてみよう。

「家は、人生最大の買い物」と言われる。家は、将来への1番の安心である。よほど目利きでない限り、家は、資産ではなく負債である。

「安心」と引き換えに「負債」を背負うのが、家である。

だから、家は娯楽である。

住むところを気にしない。「タワーマンションに住みたい」と思わない。家賃にお金をかける意味がわからない。最大の固定費は、安ければ安いほどいい。最低限の広さと自分のこだわりを満たせばいい。

同じところに、「一生住む」なんて、「定住する」なんて、考えられない。こんなに地震が多い日本なのに。将来どうなるかわからない時代なのに。人口減少が、明白な今、家の価値は、ますます下がっていく。だって、住む人が減っていっているのだから。

そんなリスクを負うのが、家を買うということだ。

そんなリスクは、負えないから、家はやっぱり、娯楽である。

気が付きにくい娯楽

家と同じ、もしくは、もっとお金がかかる娯楽だ。

子どもである。

結婚して子どもを作ってという、昭和時代の観念は、今は時代遅れかもしれない。でも、その当時は、それが当たり前だった。だから、結婚して子どもを作って家を買った。

子どもも、家もお金がかかる。
お金がかかるものは、娯楽である。
だから、子どもは、娯楽である。

湯浅が家を欲しないように、子どもを欲しない夫婦も増えてきた。湯浅のとっての家のように、興味がないのかもしれない。子どもは、お金がかかるからかもしれない。それは、わからない。

子どもは、「家を買うかどうか」と同じ選択肢になった。選択肢があるということは、娯楽である。

そもそも、結婚は、結婚生活は、お金がかかる。だから、「結婚するかしないか」の選択肢があって、結婚しない人もいるわけである。ともすれば、結婚も娯楽である。

価値観の多様化は、これまでの常識や価値観を見直すことになった。

価値観の多様化は、娯楽を明確にした。
家も、子どもも、結婚も、娯楽である。
娯楽は、お金がかかる。

お金がかかるものは、娯楽と考えることが、新しい価値観の受容である。

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