自分と社会を分つモノは何か?(5/6)

湯浅

やわらかい頭の作り方からの思考

自分と社会を分つモノは何か?(4/6)
学校の教科書というルールブックには、お金の稼ぎ方も、仕事の選び方も載ってない。ルールを思考しなければならない。

2021/7/16

考えるという行為について、拡張する。抽象化していく。

人工知能1

人工知能は、便利だ。
「便利だ」ということは、「めんどくさくない」ことだ。
「めんどくさくない」とは、「考えなくてよい」ということだ。

  • お掃除ロボットのルンバは、決めたスケジュール通りに掃除をしてくれる。
    だから、掃除をする時間を節約してくれている。
    休みの日に、掃除のことを考えなくてよいとも言える。
  • 乾燥機付き洗濯機は、ボタンを押せば、洗濯をして乾燥させてくれる。
    だから、洗濯物を干す時間を節約してくれている。
    休みの日に、天気のことを考えなくてよいとも言える。

こんな風な、人工知能の登場によって、私たちは、時間を節約して、その時間を自分の自由な時間に充てることができるようになった。

ルンバや洗濯機の効果は、人間がやっても、人工知能がやっても、あまり変わらない。

別のタイプの人工知能については、どうか?

人工知能2

人工知能とは、定義が明確でない。

ググった結果の検索順位にも、人工知能が用いられている。だから、ググって、何かを調べることも、人工知能を使っている。

ググると、調べたい目的に最適な答えを人工知能が用意してくれる。私たちは、その通りに行動すればいい。検索結果の上位何件かを見て、比較したり、考えたりするかもしれない。しかし、それは、人工知能が用意した、何択からの選択に過ぎない。

自分で自由に選択してはいるが、自由に考えているとは、言い難い。

ググると社会の正解がわかる。便利だ。めんどくさくない。考えなくていい。

例えば、「今いる場所の近くで、ラーメンが食べたい」として、ラーメン屋をググる。そして、ググった結果の評価が高い店に行く。

ググった検索結果という人工知能は、ルンバや洗濯機の人工知能と異なる。

どちらも考えなくていい、便利なのは同じだが、ググった結果には、行動を伴う。

私たちは、ググって「考えなくてよくて便利だ」と思っている。
だけど、現実は、人工知能に行動を制限されている。

ググった結果によって、人工知能が出したいくつかの選択肢の結果によって、行動しているのだから。

実際は、思考を奪われている。考えるということは、人間にしかできない貴重な機能だ。人工知能は考えてなどいない、プログラムされた結果を出しているだけである。

わからないことを「ググらない」という新しい思考
ググるということは、調べるということは、何をしているのか?法則を探している。ルールを探している。モノゴトには、何かしらのルールがあって、そのルールを探している。

ググらない

インターネットが気軽じゃなかった時代のように、調べないで、考えてみることをはじめた。

欧米でも、脱GAFAで、人間らしい生活を取り戻そうという動きがあるらしい。

便利なことはいいことだ。しかし「考える」という、人間の唯一の武器を手放してしまったら、私たちは、人工知能という機械の奴隷である。機械の言う通りに、行動する人間である。

実際に、考えなくていい仕事は、どんどん人工知能に置き換わっていっている。

現在、考えなくていいけど、残っている仕事は、人工知能に置き換えるのに、経済的価値がない仕事である。しかし、人工知能の発達によって、淘汰されていく運命であることは、間違いない。

人間は考える葦

「人間は考える葦である」と、パスカルは言った。

人間だけが考えることができる生き物だ。しかし、何でもかんでも考えればいいわけでない。「正しく考える」ことが必要なのだ。正しく考えるとは、人間だけが知りうる知識、未来の絶対的真理である自分の死を理解して、自分の人生について考えることだ。

「考える」という行為は、めんどくさくかもしれない。でも、「考える」ということをやめたら、それは、もう、人工知能という機械への敗北である。

人間と動物は平等だった。
人間は、動物より、自分の方が賢いとして、動物を家畜化した。
人間は、機械を作って、自分の方が賢いとして、機械を操った。
人間が考えることをやめたとき、機械は自分の方が賢いとして、人間を操る。

そして、現在でも、ググって行動するということは、機械に操られていることに他ならない。

自分と社会を分つモノは何か?(6/6)
経済的自由を獲得して、はじめて、湯浅の言葉が、正しい知識として、旅をはじめる。湯浅の言葉を、旅に出そう。旅に出る準備をするのが、親の務めである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました