隔絶した社会から見る未来

社会

隔絶した社会から見る未来

2021/2/15

テレビを捨て、ニュースアプリを消し、労働もしない、社会と隔絶した生活をしていると、みんなマスク付けてるなーくらいしか、世界的流行風邪を感じることはない。でも、世界的流行風邪で呑み会が中止になったら、世界的流行風邪というフワフワした存在が、急に目の前にやってくる。

世界的流行風邪に罹患したわけではなく、世界的流行風邪罹患者の濃厚接触者という位置付けであるのも、また、リアリティがある。1年以上も前だと「風邪引いている人と接触しちゃったから、呑み会延期しよう」「えっ、風邪の症状あるの?」「いや、ないよ」「じゃあ、大丈夫じゃね?」ってなっていた世界である。

呑み会の開始時間が、18時や、19時からではなく、15時や、16時からである。たかが、世界的流行風邪なのに、メディアがここぞとばかりに、煽るせいで、空気が変わった。常識とは、なんだか見えないけど、普段は意識していないけど、自分の周りに漂っている空気である。目には、空気は見えないけど、空気を通して、人と人とは触れ合っている。

逆に空気をなくして、人と人とは触れ合えない。でも、それぞれの人において、纏っている空気感がある。怒っている空気感、悲しい空気感、嬉しい空気感、楽しい空気感はわかりやすい。その他、威圧的な空気感だったり、哀愁が漂う空気感だったり、オトナの雰囲気の空気感だったり。色んな空気感である。

俺は、道を歩いている時に、声をかけられることはない。

一緒に歩いている人が、アンケートの声をかけられた。その人は「自分はよく声をかけられる」と言っていた。

アンケートの声をかける人は、見た目は、モチロンだが、その人の纏っている空気感で、判断して声をかける。

人は第一印象が大事だと言われているが、人は、他人を見た目と空気感で判断するからだ。人が見た目を気にするのは、他人の評価が見た目によるところが大きいからだ。でも、見た目だけで判断している訳ではない。人が持つ空気感である。自分が纏っている常識という空気感は、目に見えない。だけど、他人にはそれを感じとる能力がある。

リモート会議が流通し、日常になったが、リモート呑み会は流通しなかった。リモート会議は、情報の交換である。呑み会は、情報の交換が目的の一部としてあるかもしれないが、同じ空間の共有である。同じ空間で、同じツマミを食べ、酒を呑み交わすのが、呑み会である。

人が旅をするのは、絵や映像だけではなく、実際に、自分の目で見て、その世界観に触れたいからである。

もうすぐ、人は、永遠の命を手に入れる。身体は、消耗品だから、100年くらいで使えなくなるが、意識は消耗品でないから、ずっと使える。意識だけをインターネットの世界と繋げると、事実上、永遠の命を手に入れられる。実際的には、脳の仕組みが、明らかにならなければならない。そして、肉体の死後、脳という物理的な実態をインターネットに繋げる必要がある。

意識はあっても、肉体がないから、美味しい食事をとったり、酒を呑んだり、セックスしたりできない。モチロン、旅もできない。

意識だけがインターネットの世界にある永遠の命は、人によっては、いい世界かもしれないが、多くの人にとっては、つまらないものになるかもしれない。肉体があるからこそ、楽しめることが多いからだ。呑み会こそ、その典型である。呑み会の空間と、酒と、料理と人を味わう世界は、インターネットの世界での実現は、もっと遠い未来に違いない。

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