お金の稼ぎ方

仕事

2021/5/26

やりたいことで高給
やりたいことで低給
やりたくないことで高給
やりたくないことで低給

みんな、やりたいことで、高給を望むが、そんなこと人は滅多にいない。やりたいことで、高給は、まぐれみたいなもんだ。

だから、多くの人は、選択するしかない。

  • やりたいことで低給か
  • やりたくないことで高給か

そもそも、やりたくないことで低給なら、辞めるべきである。

やりたいことで低給か、やりたくないことで高給かは、その人の価値観による。

自分のまわりで目にする機会がなかったから、知らなかっただけだ。やりたいことで低給を選ぶ人の存在があることを。いや、頭の片隅で、事象としては、知ってはいた。でも、実態がないから、何かを思考する時に、その存在を意識することはない。

高給を得られる仕事で、より高給を得られるための努力をして、お金を稼いできた。

すると、物質的な欲求も満たせる。女性にも困らない。

何というか、多くの人が考える、お金持ちには、辿り着いた。

でも、それだけだった。
お金と引き換えに、健康を害した。

やりたいことで低給という選択肢が目の前に、突如として現れた。

「仕事はお金を稼ぐ手段だから、同じ時間を使うなら、より、高給な仕事をすべきだ。」という信念と、また、別のところで、新しい価値観が芽生えた。

お金教の信者として、これまで生きてきたから、それ以外の価値観の受容には、時間を要しそうだ。

否、他の価値観を、ただ受容することではなく、他の価値観を思考することだ。

お金教から、完全に離脱することはできないけれもど、新しい価値観に触れることは、自分を変容させる。

  • お金教との距離感が、多分、この時間の意義である。
  • お金と仕事を切り離して、考えるための時間である。
  • お金、人生、時間、健康、仕事、死、すべてを、自分で可視化して、呑み込む時間である。

無職の時間。

お金教
世界に絶対などない。何かを絶対的に信仰することを、『宗教』という。お金を絶対的なものとして信じている。それは、『お金教』を信仰していることだ。

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