裁判傍聴 〜 人間とロボットの存在価値

裁判傍聴

2021/6/24

人間の存在価値

裁判所の警察がいる。

被告人に手錠をかけて、法廷に連れてきて、裁判中は手錠を外し、裁判が終われば、また、手錠をかけて法廷から連れて行く。

裁判中は、何もしない。裁判の時に一言も発しない。ただ、そこに存在するだけだ。

だから、誰でも、できる。

例えば、真面目で、ルールを守れるくらいの能力があればいい。もし、被告人が暴れた時のことを考えても、2人1組なので、2人いればなんとかなるはずだ。

仕事とは何か?

そこには、スキルという言葉は、存在しないだろう。自己成長という言葉も存在しないだろう。自己実現という言葉も存在しないだろう。

昨日と今日、今日と明日が、一直線につながれ、ずっとずっと先まで見通せる。そこにはアップダウンも、曲がり道もない。ただ真っ直ぐな道だ。

真っ直ぐな道は、未来を見通すことができる、未来の安定がハッキリと見える。

毎日、同じことの繰り返しだ。
5年後も10年後も20年後も退職するまでずっと、全く同じことの繰り返しだ。

Aiの進化

Aiは、自己学習能力があるので、自己成長していく。

  • 自己成長を続けるAiという機械
  • そこに存在するだけの人間

資本主義で、どちらが経済的有用性が高いかは、言うまでもない。

もちろん、経済的有用かどうかが、1番の指標ではない。

でも、みんな、お金が好きだ。
お金持ちになりたいし、お金持ちと結婚したい。

  • 経済的有用だけど、感情がないロボットと
  • 経済的有用ではない、感情がある人間と

「どちらと結婚するかと選べ」と言われたら、どちらと結婚するだろうか?

人間同士が平等ではない世界どころの話ではない。
「人間とロボットが同じ世界の比較対象として、同じ土俵の上にいる」ということである。

思考しない人間は、AIロボット未満の存在へと
情報革命の本質は、「情報化することで効率化され、人の力が不要になった」ということである。

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