人間とは機械

人間とは機械

2022/6/4

人間とは何か?

「 人間とは何か?」
マークトウェイン
  • 人間とはまるでカメレオンのようなものだ。
  • 誰もが、その環境に合わせた色に染まっていく。

環境と、そこにいる人間たちの影響によって、好き嫌いも、政治思想も、道徳観も宗教観も、すべてが決定される。

人間は一生の間、絶え間なく訓練を受けている。一番基礎的な訓練となっているのが他者との関わりである。対人環境こそが、私たちの心や感情に影響を与えたり理想を授けたり、進むべき道を示したり、さらにその道から、外れないようにする。

「 環境を変えよう 」という衝動は、自分自身の内側ではなく、外側からの刺激によってしか生じない。

人間は、外側からの力によって作動する機械である。

衝動が湧いてくるような刺激を浴びなければ何も起きないし何も変わらない。

  • 人間は自由な意志はない、受動的に選ばされているだけだ。
  • 人間は機械である、設計通りに動く機械である。

この世にあるすべての物事は、人間の創造物ではないのに、自手の手柄や自分の実力や自分の価値だと誇らしげに振る舞うのはおかしい。

人間は、自分の気質や周りの環境に運命を左右されている存在に過ぎない。

私とは何か

人間が、カメレオンであろうと、機械であろうと、何でもいい。どうでもいい。科学的とか、論理的とか、真実とか、どうでもいい。

ただ、その概念をあるがままに受け入れる。自分の常識や価値観といったフィルターを通さずに受け入れる、矛盾すらも内包させる。

私にとって、その概念が役に立つかというだけだ。

すべてを受け入れた後で、役に立つがどうかが問題だ。役に立たなければ意味がない。

役に立つとは、具体的にどういうことか?

私たちは、幸福になるために生まれてきたし、幸福でありたいとおもう。だから、私の幸福に関係があれば、役に立つし、無関係なら、役に立たない。

私が「人間は、機械なのか、なるほど、自分を機械と思った方が、この世界は生きやすいな、私は機械なのだから、自分とは何かに思い悩むことは、もうない 」というふうに考えて、幸福になるのなら、役に立つ。

私が「人間は、機械なのか、そんなわけはない。人間は自由意志がある生き物だ。人間は、機械じゃない、もっと高等なはずだ。」と考えて、不幸になるのなら、役に立たない。

「 機械は人工物だ、人間がつくった物だ 」と定義する。そう定義したとしても、人間はそもそも人工物なのだ。人間によって人間はつくられた。父親と母親が性交渉して私たちは生まれた。父親と母親の人工物でしかない。その父親と母親もまた、祖父母の人工物であるから、私たちは、人工物の域を出ることはない。

人間が機械じゃない証明なんてできないのだから、機械かどうかは問題じゃない。

世界を見て、確かに、毎日電車に乗って通勤して仕事して、社会の歯車のひとつとして回っているから、確かに人間は、機械だ。「 機械の一部だ 」と捉えることができる。世界を見るための新しい視点が追加された。視点は多い方が、モノゴトを理解しやすい。だから、視点の追加になるなら、役に立つ。

役に立つから「 人間は機械 」という概念は、私の教養の一部となった。
私は、昨日より、前進した。

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