未来のことはわからない

未来のことはわからない

2021/3/22

小さな宿である。

露天風呂に2回入って、誰とも会うことはなかった。

「朝から、酒呑みながら、温泉に入る」という極上が味わいたいのだ。

  • 温泉

コレを旅の極上と言わずして、何を極上と言うのか?

露天風呂に、人が居る。

「何でやねん」

露天風呂じゃない、貸切風呂にする。貸切風呂なら気兼ねなく酒を呑める。

フロントに電話して、貸切風呂の空き状況を、確認しようとすると、貸切風呂は、朝はやってないことを知る。

部屋のユニットバスにするか?露天風呂にするか?

ここは、温泉宿である。露天風呂以外に選択肢はない。

酒を持って、露天風呂へ行くと、着替えて出て行こうとする人が1人いるだけである。

この人が出て行ったら、酒呑もう。
とりあえず、温泉に浸かろう。

その人が居なくなって、温泉に浸かりながら酒を呑む。

極上である。

それは、こうやって、呑んでるうちに、誰か来る可能性もある。でも、未来のことは誰にもわからない。だから、「そんな誰か来たらどうしよう」ではなく、とりあえず、酒呑んでから、考える。誰か来たら来た時、考える。

不安とは未来に対してのシュミレーションの結果である。実際に起こってないことに対しての心配である。不安とは、未知なる未来である。

ほら、酒呑み終わって、風呂から出た時に、ちょうど、他の人が来た。不安は、不要だった。

未来は誰にもわからない。不安は意味をなさない。

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