【私小説】私は、他人の気持ちはわからない。

湯浅

【私小説】私は、他人の気持ちはわからない。

2021/12/19

「他人と自分の違いが理解できる」ようになったのは、経験による。

他人との実績や他人からの反応を体験していくうちに、違和感を覚える。それが最初は何かもわからない。だけど、繰り返されるうちに、その違和感が、自分と他人の感覚の差異だと知る。

音楽がわからない。音楽が上手にできない。ドレミソラシドが音符で読めない。笛が吹けない。みんなと同じようにできない。「音痴だ」と自覚するのはもっと後だ。演奏ができないのは、人との比較でわかるけど、音痴は、人との差異を、他人が示してくれてはじめて気付くシロモノで、音痴の感覚は、音痴にしかわからない。音痴に気付くことは、とても難しい。例えば、信号が青ではなく、緑色であることくらいに。

音楽を通した違和感が、自分にとってのはじめての他人との差異の自覚かもしれない。そうして、自分を知り、他人を知る。

音楽を通して自我が芽生える。

「自分には当たり前のことが、他人には当たり前じゃないこと」を知る。自分には当たり前のことなので、なぜ、他人ができないか、わからない、理解できない。先生から同じことを習っているのに、なぜ、差が生まれるのか、わからない。そうやって、自分と他人が「できる何か」スキルを通して、他人との差異を知る。「自分にはできて他人にはできないことがある」ことを知る。そして、「自分にはできなくて他人にはできること」を知る。できること、動作や行動や行為によって知る。

だけど、他人の気持ちはわからない。

何かの物事を通して、できる・できないのスキルや、コミュニケーションの体験を通して、理解できる・できないの問題は、わかる。しかし、他人が「何を考えているのか」は、他人に成り代わって経験できないから、想像するしかない。そして、自分は他人のことを想像することができない。

自分のことにしか興味がなく、他人に興味を示したことがないから、他人のことは想像できない。他人は他人だ。興味ないもの心血を注ぐことはできない。自分が何がわからないのか、わからなかった。

自分で努力すれば「何でもできる」と思っていた。できなかったり、負けたりするのは「努力不足だ」と思っていた。だから、音楽や図工や家庭といった、サブジャンル以外においては、何でもできた。

「努力すれば、誰にも負けない」と思っていたし、実際に、誰にも負けなかった。そうだ、短距離は負けた、身長差という物理的になモノは、学年で1番小さい体型には、越えられなかった。でも、長距離は、体型の問題ではなく、根性の問題なので、負けなかった。

クラスで1番小さいけれど、クラスで1番勉強ができて、運動ができる。モテないはずはない。でも、モテていることに気付かない、他人に興味ないから。(好きな子はいたが、それは、また別の話し)。

あるとき、友だちに、「あの子もあの子もあの子も、お前のこと好きらしい」という話しを聞く。もちろん、俺は人であるし、男なので、女の子の好意は嬉しい。だけど、勉強やスポーツの結果を見れば、自分がいくら背が低くても、能力が高いのは結果として出ている。だから、女にモテるのは、当然の因果である。だから、自分の本心に従って、事実をそのまま受け入れた。モテていることを受け入れた。

そしたら、急に、「あいつ、自分が『モテてる』と思って調子に乗ってる」ってなった、空気が一変した。このときの衝撃的は忘れ得ない。だって、あっという間に世界は180度転換してしまったのだから。

クラスで1番能力がある自分が「女子の羨望を受けるのは当然だ」と思っていた。しかし、それを認めることは、他人の気分を害することを知らなかった。だって、他人の気持ちがわからないのだから。

「クラスで1番能力が高い」という事実に照らし合わせたら、自分が「人気になる」のは、周知の事実である。そして、そのことを、「自分が認識しているように、みんなも認識している」と思っていた。「人気になる」という思考まではよかった。しかし、それを周知の事実として、認めてはいけなかった。だって、そこには人の気持ちがあるから。

当時の自分には、わかり得ないことだった。「人の気持ちを想像する」という思考すらなかった。ただ、誰よりも努力して「1番になりたい」だけだった。1番になるために、勉強して、小さい体を使って運動の練習をして、ただ、努力したことによって、自分を創っただけだった。

だから、当然、賞賛されるはずだった。でも、人の気持ちを考えられない自分にすら気付いていなかった、興味がなかったから。私は自分を高めることで、自分を形作っていた。私は、他人のことを考えられないのではなく、自分のことで精一杯だった。自分以外に世界を見渡す余力がなかった。でも、社会は、「他人の気持ちを考えなさい」と言った。だから、「それがわからないんだって」と、私は言う。わからないものはわからない。興味がないものはわからない。興味がないものは、興味を持てない。

私は、リカちゃん ( 他人 ) 人形には興味がないから、リカちゃん ( 他人 ) の気持ちはわからない。でも、私は、ガンダム ( 自分 ) のことは興味があるから、ガンダム ( 自分 ) のことはわかるよ。私は「ガンダムに興味がある」だけなのに「みんなリカちゃんに興味がある」って言われても、よくわからないし、興味も持てない。

だから、他人に興味がないし、自分にしか興味を持てない。他人はコントロールできないけど、自分はコントロールできるから、「自分をコントロールして遊ぶ方が、おもしろい」と思うだけなんだ。「他人の気持ちをわかろう」としてもわからないよ、私たちは、主観でしかモノゴトを、捉えられないのだから。

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