バンクシーとの出会い1

バンクシーとの出会い1

2021/2/22

あつた蓬莱軒が入っているビルの中で、期間限定の展示場で、絵が展示されていた。ルィヴィトンで知った村上隆の絵に引き寄せられて入口に近付き、そのまま、中に入る。

「絵って、よくわからないー」っておもう、「なんで、この絵が、こんな値段するんだろう」とおもう。ちょうどバンクシーを見ている時に、展示場の人から、声を掛けられる。

バンクシーという名前は、世界的流行風邪のニュースの中で、イギリスの電車に書いた絵が、落書きだと思われて消されただとか、ネズミがトイレ内で遊び散らかしている絵だとかで聞いたことがあるくらいだった。

そこに飾ってあったバンクシーの絵は、本物ではないとのこと。本物は丸が2つ違う世界とのこと。

本物ではないが、贋物でもない。バンクシー公認のコピー作品である。バンクシー公認の模写である。本人公認のコピーだから贋物ではない。でも、その価格30万円である。

例えば、ルィヴィトンが認めたルィヴィトンのコピー商品ということである。それは、贋物ではない。ルィヴィトン公認なのだから、でも、本物ではない。コピー商品なのだからという、禅問答のようであるが。

バンクシーの絵は、版画だという、版画ならいくらでも作れそうなものであるが、美術界では、ルールがあるらしい。作る版画の数に制限を付けることで、価値を担保するようだ。だから、作品の右下には、15/500、401/500といったナンバリングがされている。

そして、その数しか市場に流通しないとわかっているから、価格が定まる。流通量定まらないということは、自分が作品を保持している間も、同じ作品が商業的にドンドン増えていくことになる。それは、価格の低減を招く。そんなことをすると、誰も作品をコレクションしなくなる。絵は、娯楽であるが、資産でもあるからだ。

なるほど、通貨の総量規制のようなものか。ビットコインも採掘される総量が決まっているから、価値の保全になる。

そして、それは、一つ一つの版画作品だから、個体差がある。個体差による価格の違いまではわからないが。

それは、「時計の世界と個体差と近しいものか」ということは、その世界は相当に深い。

なるほど、その世界には、その世界のルールがあり、ルールによって、市場の需要と供給のバランスが取れている。資本主義の世界なのだから当然だ。

知らないことを知るのは楽しい。未知から既知は楽しい。否、未知から既知こそが至高の人生である。

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