最低時給が存在しない世界4 〜 時給200円未満の日本社会

社会

2021/7/4

最低時給が存在しない世界3 〜 時給200円未満の日本社会
人間が、仕事によって生み出す経済的価値の社会的評価が、お金という数字である。その社会的評価以外の評価基準は何があるのか?

経済的価値以外

私たち人間は、どうやって、経済的価値以外の評価基準を探せばいいのだろうか?

「人類繁栄のために、子どもをたくさん作った方がいい」とすると、子どもの数が、1つの評価基準になるだろう。

「人類繁栄のために、教育して優秀な人間を育てた方がいい」とすると、教育が1つの評価基準になるだろう。

「人類を長生きさせるために、健康を保つために、人の病気を治療する方がいい」とすると、医療が1つの評価基準になるだろう。

結局のところ、人は社会的な生き物だから、本能として、共同体の中で、生きていくことに価値を感じるようにできている。

社会という共同体の中で、自分が役に立ったと思いたい、思われたい。だとするならば、社会への貢献度が、評価基準である。そうすると、結局、仕事という経済的価値に着地してしまう。

フォロワー

一方で、今は、SNSという社会が存在する。その社会からの共感度とすれば、フォロワー、イイネ数も、評価の基準となる。

いくらお金を持っているのかは、すぐに可視化されないが、何人フォロワーがいるのかは、可視化されている。

10万円持っているよという人より、10万人のフォロワーを持っている人の方が、社会的評価は高いのだ。10万円稼ぐより、10万人のフォロワーを集めることの方が難しいのだ。10万円は、仕事をすれば稼げる。10万人のフォロワーは、クリエイティブをし続けなければ得られない。

10万円稼ぐ方法は、教科書があるけど、10万人のフォロワーを集める教科書はない。

クリエイティブは、教科書がない。自分で試してやってみるしかない。だから、難しい。教科書がないことは難しい。

新しい価値観

経済的価値であるお金以外の新しい評価基準が誕生した。新しい世界だ。

世界は変容し続けている。その世界の中での自分のなりの評価基準を持ち、その評価基準の中で、生きていく世界だ。

お金の多少かもしれない、子どもの数かもしれない、教育や医療という職業かもしれない、フォロワーという新しい価値観かもしれない。

最低時給が存在しない世界5 〜 時給200円未満の日本社会
人は存在するだけで価値がある。言葉としては、理解できる。しかし、「そうだ!そうだ!」と素直に納得できるだろうか?

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