【世界史長編】歴史はすべてお金で動いてきた

歴史

【世界史長編】歴史はすべてお金で動いてきた

2020/10/1-10/8

高校生の時に世界史で赤点を取るほど、歴史嫌いな湯浅が、自ら歴史を学んだのには、理由がある。湯浅はお金が大好きであるから、お金と歴史を掛け合わせたら、がぜん歴史にも興味が出てくる。歴史がお金によって、どう動いてきたのかという、歴史ではなくお金をベースにすることで、それは、興味の対象となる。好きの上に、嫌いを置くことで、その嫌いも、好きになるという術を学んだ。

国の繁栄も、凋落も法則がある。お金のルールがある。お金によって、国が繁栄し、お金によって、国が凋落していく。世界の歴史も、また、お金に支配されている。

お金という鎖に繋がれた人類の歩みが、歴史である。人類がいかにお金に翻弄されながら生きてきたかを見てみよう。

国や宗教は、戦争に勝利して栄華を極め、徴税によって腐敗し堕落してく。

【参考】
お金の流れでわかる世界の歴史

世界史とお金

世界史の中で、お金、富、財がどう蓄積され、どう流れていったのか?

貨幣が発明される以前から、国家は存在し、徴税が行われていた。貨幣を手にする方法は変わっても、人類が貨幣を求めるという本質は、太古から変わらない。世界の歴史は、『人類が貨幣をいかに求めてきたか』ということでもある。

国の栄枯盛衰には一定のパターンがある。『戦争に勝利』『徴税が適切』という時代は栄えるが、『繰り返される戦争』や『徴税請負人の腐敗』『過度な徴税』によって、国家財政が傾いていく。国家財政を立て直すために、さらなる重税を課し、破綻していく。

歴史というのは、政治、戦争などを中心に語られがちである。しかし、本当に歴史を動かしているのは、政治や戦争ではなく、経済 なのである。徴収を適切に行うのものが、経済を牛耳り、政治力を持つ。戦争の勝者は、必ず、経済力がある。

古代エジプト

古代エジプトは、3000年もの長きもの間、栄華を維持していた。古代エジプトが3000年もの長い間、国家が維持された要因は、徴税システム である。

古代から現代まで、国家にとっての問題は、徴税である。税金が多いと民は不満を持つし、少ないと国家が維持できない。徴収が適切でなければ、中間搾取が多くなり、国家の収入が減少する。

古代エジプトの国家が優れていた点は、徴税役人が国家の官僚だったという点である。

現代から見れば当たり前だが、中世までは徴税人というのは、国家からの請負制によるものが多かったのだ。国家から徴税権を得て、決められた額の税金を国家に支払う。徴税請負人は、税金を多く取れば取るだけ自分の収入になるので、不正に税金を取りたてた。

古代エジプトでは、徴税役人には国家から給料が支払われていたので、決められた通りの税金を徴収していた。しかし、いつの世も官僚というのは、年月とともに腐敗していくものだ。エジプトも、滅亡の道を歩んだ。

古代ローマ

古代ローマは、古代エジプトと同様に、” 徴税請負人の腐敗 “ で滅んだ

世界金融の民ユダヤ人

” 世界史とお金 ” を語るとき、世界金融の民ユダヤ人 の存在は欠かせない。ユダヤ人は、世界中の国々の経済の中枢を担ってきた。世界史に登場してくるあらゆる経済大国の陰には、必ずユダヤ人がいる。

ユダヤ人特有の経済力、ユダヤ商法は、「放浪の民」に尽きる。放浪するということは、各地域の情報をたくさん持っているということである。また、世界各地にユダヤ人がいるのだから、ネットワークをつくりやすい。また「一国に定住しない」「母国がない」という点は、世界各地を客観的に眺められるという利点になった。ユダヤ人たちは、様々な地域の文化や物を、別の地域に移すという役割を果たしてきた。

ユダヤ人は、現代の世界金融システムを構築してきた。ユダヤ人は、金融業(両替、為替、金貸し)に長けていた。為替は高度な金融技術が必要とされ、現代でも金融の要である。

ユダヤ人は、教会への納税義務があったが、世界各地に離散していたため、多種多様な貨幣が持ち込まれた。その結果、貨幣の両替が必要となり、両替商が発達した。両替とはすなわち、為替であり、両替商は、為替相場を牛耳ることで、富を築いた。ユダヤ人に対しては、利子を付けて金貸しをすることは禁じられていたが、外国人に対しては、その制限がなかった。両替商は、外国人に利子を付けて金貸しをした。

ユダヤ教の聖書は、” 旧約聖書 ” である。長年の放浪の中で、ユダヤ教の指導者たちが発言してきたことをまとめた聖典が、” タルムード “ である。ユダヤ人が「お金は処世のための、合理的な道具である」と考えている根源は、” タルムード ” にある。

【ユダヤ教の聖典 ” タルムード ” の一部】

・富は要塞であり、貧苦は廃墟である。
・お金は悪ではなく、呪いでもない。お金は人を祝福するものである。
・人を傷つけるものが三つある。悩み、諍い、空の財布。そのうち空の財布がもっとも人を傷つける。

土地を持たないユダヤ人にとって、お金は正に生命線であるから、土地がある他の民族に比べて、お金に対する執着が強くなった。ユダヤ人のお金に対する執着は、ユダヤ人迫害の要因の一つにもなっている。

『資本論』を書いたカール・マルクスは、「ユダヤ人の思考を具現化したのが資本主義」だと語り、資本主義を批判している。

中国

秦は、様々な都市で鋳造されていた貨幣を、政府が統一した公定貨幣を鋳造することで、流通が促進され、都市が発展した。秦の始皇帝は ” 貨幣を統一 ” することで ” 中国全土を統一 ” した。ヨーロッパで鉄の鋳造ができるようになったのは、14世紀くらいのことであり、中国は、千数百年も進んでいた。

唐の時代(7世紀)には、” 飛銭 ” と呼ばれる為替手形が流通していた。” 飛銭 “は、はじめは民営だったが、やがて国営となり、為替銀行の祖となった。この300年後、1147年にイタリアで、世界最初の為替銀行が設立されたとされている。

北宋の時代(11世紀)、中国は世界で初めて ” 交子 ” という紙幣を作った。貨幣は持ち運びに不便であったので、貨幣の預かり証が流通した。貨幣の預かり証が、紙幣の祖である。しかし、預かり証の発行が民営であったため、詐欺が横行した。そして、公的な貨幣の預かり証が発行された、世界で最初の政府による紙幣の発行である。政府は、紙幣を兌換できる貨幣よりも多く発行し、その上乗せ発行分を政府の収入とした。近年まで行われていた「金本位制」による通貨発行の祖となった。

イスラム帝国

ローマ帝国の国教はキリスト教であり、人々はローマ帝国の重税に苦しんでいた。そこで、イスラム教の開祖マホメットは、「イスラム教に改教すれば、税金を免除する」と言って、イスラム教徒を増やした。マホメットは、免税や、減税や、税金の還付など、税金に、寛容だった。しかし、マホメット以降のイスラム帝国は、徴税を民間に移管し、徴税請負人の不正で、イスラム帝国は分裂して、破綻した。

スペイン

大航海時代の覇者であるスペインは、植民地から莫大な富を収奪していたにも関わらず、財政危機が慢性化していた。

【スペインの財政危機の原因】

・イギリス、フランスなどのヨーロッパ諸国との戦争
・カトリックを国教とし、その他の宗教を許容しなかったこと

スペインの一部であり、税収の要であったオランダは、プロテスタントが多かったため、スペインから独立した。また、ユダヤ教徒の追放によっても、経済力を失った。そして、財政立て直しのための 徴税が、大幅なインフレ を招いた。その徴税は、仲卸を含めた取引毎に発生する消費税であったので、最終購買者が支払いが多大になった。

イギリス

イギリスが世界近代史の覇者となったのは、その税制度である。戦争に負けてばかりの国王が、重税に業を煮やした国民から廃位を求められ、『国王が、勝手に税金を決められない』というルール ” マグナカルタ ” を作った。戦争には、財源が必要であるが、イギリス国王は、勝手に増税して、財源を増やすことはできなくなった。

キリスト教徒は、収入の10%を、ローマ教会へ納税していた。イギリス国王は、ローマ教会からイギリス国教会を独立させた。そして、イギリス国教会の最高位と宣言し、イギリス国教会の税収を手にした。

イギリス国王の対策は、他国からの略奪であった。エリザベス女王は、裏で、海賊を、懐柔して利用することで、財を得ていた。奴隷貿易も、海賊を使って、密貿易からはじまり、正式貿易とした。

フランス

フランスは、戦争や、徴税人の不正によって、国家財政が悪化しており、何度も財政破綻していた。王室の財政破綻が原因となって、フランス革命が起こった。

戦争時の兵隊は傭兵が常識であったが、ナポレオンは、徴兵制を敷いたことによって、大量の兵隊を安価で集めることができたので、その軍事力を、用いて、勢力を拡大した。しかし、勢力を拡大していくと、やはり、財政難になってしまう。ナポレオンは、軍事力は、あったが、経済力がなく破綻した。

当時、フランスの占領下にあったオランダのアムステルダムは、世界金融の中心地で、世界中の資金が集まっていた。ナポレオンは、アムステルダムの金融家をうまく懐柔できなかった。金融家(多くは、ユダヤ人であろう)は、ロンドンに逃亡した。世界金融の中心はアムステルダムから、ロンドンに移管 された。

このとき、ナポレオンは、北アメリカの植民地を、独立したばかりのアメリカ政府に売却している。そして、ナポレオンは、塩税を復活させて、没落した。

イギリス産業革命

株式会社方式での資金調達

17世紀初め、イギリスは、東インド地域(東南アジア全域)の貿易独占権を持つ ” 東インド会社 ” を設立した。

オランダが、” 東インド会社 ” を設立したのは、イギリスの後であるにも関わらず株式会社の原型とされている。それは、事業が失敗しても、出資者は出資金の損失だけで責任は果たされるという、出資者の ” 有限責任 ” だと明示されており、現代の株式会社と同様の形式であったからである。

イギリスは、東インド会社以外の貿易においても、女王が貿易独占権を与え、出資を募るという ” 株式会社方式 ” が採られた。

国債と中央銀行での資金調達

ヨーロッパの国王は、民間の銀行から高金利で借金をしており、その金利に苦しんでいた。17世紀終わり頃、イギリスでは、イギリス国債に関する法律が制定され、世界初の国債を発行し、イギリス中央銀行が設立された。国債を引き受ける代わりに、通貨発行権を得るというイギリス中央銀行のシステムは、世界各国の中央銀行のモデルとなった。イギリス国債は低金利であったため、イギリスは、戦争や産業の資金が、容易に調達できた。

そして、産業革命へ

” 株式会社方式 ” と ” 国債 “の資本力が、世界初の産業革命の礎となり、産業革命によって、イギリスは繁栄した。産業革命とは、蒸気機関であり、蒸気機関の発明によって、各種の産業が自動化された。イギリスのワットが、蒸気機関を実用化したことによって、産業革命が実現した。

ヨーロッパ諸国は、宗教対立や民族対立を利用する政策によって、植民地を支配した。近年、アジア、アフリカ地域で起きた内戦の多くは、ヨーロッパ諸国の植民地政策の影響が要因である。ヨーロッパ諸国の繁栄は、このような植民地支配の上に成り立っていたのだ。

アメリカの独立

アメリカの独立と発展

イギリスは、植民地である北アメリカに、税金を課したが、アメリカは、『代表なくして課税なし』として、税金を支払わなかった。そのゴタゴタが総じて、アメリカ独立戦争に発展し、アメリカは独立した。

世界史の中でアメリカは、建国から200年しか経っていない新興国である。アメリカは、元植民地だった国であり、先進国の中で、元植民地だったという国はない。アメリカ大陸には、30以上もの国、地域があるが、その多くは発展途上国であり、アメリカだけが突出している。

アメリカの経済力の根源は、その広大な領土と資源 である。アメリカが独立当初の領土しか持っていなかったら、超大国にはならなかったかもしれない。

アメリカ大陸を植民地にしていた各国は、植民地の経営は難しく費用もかかるため、植民地経営に行き詰っていた。そして、戦争による財政難もあって、植民地を手放すことになった。アメリカは、その植民地を購入して、広大な領土を手に入れた。

植民地からの独立国は、独立するときに内戦に陥り、安定した政権が持てず、発展しなかった。しかし、アメリカは、イギリスとの独立戦争に勝利すると安定した政権を維持し続けた。

【アメリカが、安定した政権が維持できたの理由】

・国家の権力を三つに分散して独成を防ぐ「三権分立」
・選挙による「民主主義」
・各州の強い自治権を認める「連邦制」

アメリカを植民地として支配していたイギリスは、世界一の金融・資本大国で、世界の金融の中心だった。イギリスには、他国の国債を売買する金融マーケットが発達していた。アメリカは、イギリスの投資先となり、イギリスに国債を売って調達した資金を使って発展した。

【アメリカがイギリスに国債を売って調達した資金用途】

・各国から植民地を購入するため
・国土に鉄道を走らせるため
・各種産業を発展させるため

世界金融の民ユダヤ人

アメリカの発展の背景には、当然、世界金融の民、ユダヤ人の存在がある。

ユダヤ人の行く先が世界の金融センターになっていったという歴史がある。ユダヤ人がアムステルダムに居住したときはアムステルダムが、ロンドンに居住したときはロンドンが、世界の金融センターになった。そして、ユダヤ人が近代から現代にかけてもっとも多く居住している、国がアメリカであり、都市がニューヨークである。

【ロスチャイルド家】

ユダヤの大富豪ロスチャイルド家は、一族が各国に離散することによって、各国の情報をやりとりして、為替、国への融資、国債の売買で、財をなした。アメリカへの進出の遅れや、株式会社への転換の遅れが衰退を招いた。

日本

日本は、開国後は、欧米の科学や文化を取り入れて繁栄したが、その前は、300年近くも欧米との交流がないアジアの小国だった。

開国40年で、アジアの大国清に勝ち、開国50年で、欧米列強の最強国の一つロシアに勝ち、開国から、第二次世界大戦前までの70年間で、実質GNPを6倍に伸ばした。第二次世界大戦後が評価されがちだが、実際は、戦前戦後と、持続した経済成長だった。

古代から、国が隆盛するときは、統一政権であり、日本の経済成長も、統一政権によってもたらされた。統一政権は、徴税権を政府へ集約し、地租改正で農民に農地を解放すること が経済成長に大きな役割を果たした。経済成長を支えたのは、『生糸の輸出』であり、『自国での鉄道建設と、日本全国への拡大』である。

産業革命以降、世界の覇者であるイギリスを支える屋台骨は、綿製品であった。日本の綿製品の輸出の台頭によって、その座が脅かされることになる。日本の輸出の主力は、生糸であったが、原料の生糸より、利潤の高い、製品の絹や綿を製造する方へシフトした。

ドイツ

ドイツは、日本と同じ頃に統一国家としてデビューし、帝国主義と工業生産 によって、大きな発展を遂げた。
ヨーロッパ諸国で最大の工業国となった。

第一次世界大戦とアメリカの繁栄

ヨーロッパ諸国では産業が発達したことで生産過剰状態が続き、世界同時不況という状況に陥いる。そこで、ヨーロッパ各国はこの不況から脱却すべく、そして市場を増やすべく、植民地支配に力を入れる。多くの国が、ヨーロッパの列強国の植民地にされ、植民地確保は多くの紛争を生み、様々な対立が生まれた。それが、第一次世界大戦の契機の1つとなった。

第一次世界大戦中に、日本は、ヨーロッパ各国が戦争で疲弊してく中で、ヨーロッパ各国への輸出を増大させた。アメリカは、連合国への軍需物資で、世界一の債権国になった。

イギリスは勝利したが、衰退した。戦前は、イギリスはアメリカに対する債権国だったが、戦後は、アメリカがイギリスに対する債権国となった。

第一次世界大戦は、エネルギー革命 によって、形が変えられた戦争であった。エネルギー源の主流が石炭から石油 に変わった。戦争で用いられた新兵器は、石油が動力源だった。

当時、アメリカは世界一の石油産油国 であり、それから、1世紀以上にわたって、アメリカはその座を維持する。(中東の石油は、第二次大戦後から本格的に開発が始まった)

連合国は、アメリカ産の石油によって、勝利したと言っても過言ではなかった。アメリカは石油の精製技術も優れていたので、世界中の国が、アメリカの石油に依存せざるを得なかった。アメリカの発展の大きな要因は、石油であった。それは、世界有数の石炭産出国であったイギリスが、世界一の金融大国から凋落することを意味する。

敗戦したドイツは、植民地を失い、国土を割譲させられ、多額の賠償金を課せられた。多額の賠償金は、戦勝国イギリスやフランスの戦費賠償金であった。賠償金によって、ドイツは、工業による成長が鈍化し、衰退した。

経済とは、お金の循環 である。体内の血液のように、循環してこそその役割を果たす。体内の一部に血液が留まっていたならば、バランスが崩れ、体調に影響を与える。お金も一部に留まっていたならば、バランスを崩し、経済に影響を与える。
日本銀行の発表によると、2019年12月末の家計の金融資産残高は1,903兆円で、その過半数である1,008兆円が現預金となっている。日本は貯めこんでいるではないか?しかし、預金は、銀行が運用しているから、お金は循環している。

アメリカと金本位制と世界大恐慌

アメリカは第一次世界大戦で経済が大きく成長し、アメリカには、大量の金が入ってきた。金本位制のもとでは、金が流入すれば、通貨量を増やさなければならない。

【金本位制による金と貿易】

貿易黒字により、その国の金の保有量が増える
→その国の通貨量が増える
→その国はインフレとなり輸出品も割高になる
→国際競争力が落ち、貿易黒字が減る

※この過程を経ることで、世界経済はまわっていく。

アメリカは自国に入ってきた金を貯め、通貨量を増やさなかった。アメリカに金が集まると、世界各国で金が不足する。金が少なくなった国は、通貨を減らさなくてはならない。通貨の流通に支障をきたすような国が増える。通貨が不足している国は、デフレになり経済が縮小する。デフレになった国は、金も通貨も不足しているので、他国から物を買えなくなり、貿易が縮小する。

アメリカは自国に入ってきた金を貯め過ぎた結果、バブルが崩壊して、1929年のアメリカの株式市場の暴落を引き起こした。アメリカ恐慌は、世界に派生し、世界大恐慌となった。

第一次世界大戦から第二次世界大戦勃発までのドイツ

第一次世界大戦以降、多額の賠償金を課せられたドイツは、ハイパーインフレが起きるなど経済不安が広がった。さらに、世界大恐慌で、ドイツは、アメリカからの投資が引き上げられ、産業は衰退し国内は失業者で溢れた。政府は、財政赤字が深刻化していたため、増税を行い、さらに状況は悪化した。

そこで、1935年に、べルサイユ条約の破棄、ナチズム(国家社会主義ドイツ労働者党を代表とするイデオロギー)を掲げるヒトラーが首相に就任、翌年には総統に就任し独裁的権力を掌握した。

世界恐慌以来、世界の列強の国々は、貿易を閉ざし、自国と自国が支配する植民地のみで交易をする「プロック経済化」を推し進めた。

一方、植民地を持たないドイツのヒトラーは、軍備増強と公共事業などの国内政策だけで総需要を喚起し、世界恐慌を克服し、国民の支持を集める。また、ヒトラーは、第一次世界戦の敗戦で失った国土回復や、ドイツ語圏地域の併合のために、尽力した。

英仏独伊のミュンヘン会議にて、ヒトラーは、領土拡大をしないとしたが、それを破ったことによって、第二次世界大戦が勃発する。

第二次世界大戦

当初、アメリカは、ヨーロッパで起きた英仏独の戦争、後の第二次世界大戦に積極的ではなかった。しかし、ドイツが、金本位制ではない現在のような管理通貨制を用いようとしたことに、世界の金の、4割を持っているアメリカが反対した。管理通貨制によって、ドイツの貨幣がヨーロッパ市場を席巻することを恐れ、アメリカが第二次世界大戦に参加 した。

満州は、植民地化されてない広大な地域であり、穀物や鉱物資源があったので、世界中が満州の権益を欲していた。その満州の権益を巡っての対立が、第二次世界大戦、日米戦争の契機 となった。

第二次世界大戦は、日本、ドイツ、イタリアの敗北によって終わりを告げる。第二次世界大戦以降、列強各国の植民地であった東南アジア各地で独立運動が起こり、第二次世界大戦の勝利国にも、多大な影響を与えた。

共産主義国ソ連の歩み

第二次世界大戦では、ソ連を中心とした共産主義国が勢力を伸ばした。共産主義は、中央集権制度であり、平等な社会制度である。ソ連の共産主義経済は、計画経済であった。計画経済は、生産から消費までを全て計画し、計画した通りに全て実行する経済システムである。しかし、計画経済で、国家経済の全てを予測できるはずがなく、計画経済は、非効率を極めた。平等社会を謳いながらも、実際には、共産党幹部が、優遇された格差社会であった。共産党幹部という一部に与えられた特権が、腐敗を招き、ソ連崩壊 への道を歩んだ。

アメリカと基軸通貨

1944年、アメリカドルが、世界経済の基軸通貨になり、ドルは金と兌換することができる金本位制となった。アメリカドルを基軸通貨とすることで、世界経済の中心が、アメリカになり、アメリカ経済の影響が、世界経済に影響を与える。

以前に、国際金融停滞の原因を作っていたので、第二次世界大戦以降のアメリカが、金を放出をした。その結果、アメリカドルの信用がなくなり、さらに金を放出するという悪循環に陥いり、金本位制が、崩壊した。

アメリカが貿易赤字だと、世界中でドルが流通するが、アメリカの経済は危うくなり、ドルの信用は失われる。アメリカが貿易黒字だと、アメリカにドルが集まってしまい、世界中でドルが不足する。

一国の通貨が世界の基軸通貨になること自体が、はじめから、矛盾 を抱えていた。しかし、ドルに代わる基軸通貨がなかったので、金本位制の崩壊以降も、ドルは世界の基軸通貨であり続けた。

おわりに

国の盛衰というものには、一定のパターンがある。

繁栄する国は、財政システム、徴税システムなどが、整っている。そして、国が傾くのは、富裕層が特権をつくって税金を逃れ、中間層以下にそのしわ寄せがいくときである。

現在、世界中で、特権階級の富裕層が生まれ、タックスヘイブンによる租税回避を行っている。先進諸国は、富裕層や大企業から徴税できなくなり、中間層以下に厳しい徴税を行っている。

世界的な規模での「国家崩壊」が近づいているのかもしれない。

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