お金教

知識

お金教

2021/5/13

世界に絶対などない。
何かを絶対的に信仰することを、宗教という。

お金を絶対的なものとして信じている。
それは、お金教を信仰していることだ。

物欲の育成

人は、お金を出して欲しいモノを買うという経験を小さい頃から何度もする。お金があれば、欲しいモノが買えるから、お金ってすごいとおもう。お金でほとんど何でも買えると信じる。お金教の信者になる。

そして、人の物欲は、無限だ。

正確には、物欲を無限にするように、物欲を刺激し続けるような仕組みになっている。メディアが、アレがいい、コレがいいよと言う。メディアが、アレが便利だ、コレが便利だと言う。メディアが、コレが流行っている、アレが流行っていると言う。広告が、アレを買え、コレを買えと急かしてくる。そして、人は物欲を刺激されて購買する。

iPhoneが欲しい理由

人は知らないモノを欲しがれない。iPhoneが出たとき、ほとんどの人が欲しがらなかった。なんなら、ほとんどの人が否定していた。でも、今は、否定していた人もiPhoneを使っている。

それは、iPhoneを知らなかったからだ。「iPhoneが便利だ」と知らなかったからだ。人は知らないモノを欲しがれない。「iPhoneが便利だ」と知ったから、みんな欲しがったのだ。

「iPhoneが便利だ」と知らない人もいる。例えば、どこか小さな島のお年寄りだ。「iPhoneが便利だ」と知らないから、そのお年寄りは、iPhoneを欲しがれない。

物欲は本能から生まれる

人は知ることで、モノが欲しくなるのだ。
モノを知らなきゃ欲しくならない。

だから、物欲を失くすには、モノを知らなくすればいいのだ。

できるだけ、メディアから離れる。
そうすることで、物欲から解放される。
そんなことは、メディアは許してくれないが。

人は「新しい情報に触れたい」という本能があるから抗えない。

そして、今の世界は、広告で溢れている。新しい情報に触れるときに、そこで、必ず広告を目にする。知らず知らずに購買意欲を植え付けられる。

すべてのメディアは、テレビも、新聞も、Googleも、YouTubeも、Twitterも、 Instagramも、 TikTokも、広告が収入源である。

だから、新しい情報に触れたい時に、その本能を行き先を変える。触れる情報を変える。広告がない世界である。

例えば、本であろう。すべての本がいいとは限らないが、本は広告がなく、新しい情報に触れることができる。

お金教からの離脱

すべてのメディアを遮断することは難しいけれど、できるだけメディアを遠ざける。物欲が小さくなれば、欲しいモノがなくなれば、生きやすくなる。お金教からの離脱は難しいが、お金をたくさん稼がなくても生きていけることがわかる。

人が生きていくために、最低限、必要なのは、衣食住だ。日本には、衣食住を保障してくれる仕組みがある。生活保護である。

お金がなくても生きていける仕組みを、国が用意してくれている。

「お金が絶対的だ」という思想は、宗教だ。

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