自分の魅力

湯浅

自分の魅力

2021/11/28

人は自分の魅力に気付かない。
自分にはあるモノは、当たり前だから、気付かない。
  • 俺は、人から褒められることに慣れていない。
  • 「褒められる」と言うのは、上から見下されているようで、好きではない。

俺のことを「カッコいい」というのは、嘘臭い。世の中は千差万別なので、俺のことを「カッコいい」と本当に思っている人がいるかも知れないが、それでも、怪しい。

俺は、自分の魅力を見た目においてない。「話しのおもしろいさ」や「ノリの良さ」と言った内面においている。だから、見た目についての褒め言葉は、流してきていた。見た目についての褒め言葉を「魅力だ」と思わずに生きてきた。

美容院に行ったときに「髪、サラサラですね」って、よく言われる。「へぇーそうなんだー」ってくらいで、感情は、全く動かない。髪がサラサラであることに興味がない。

あるとき、女性に「私は髪フェチで、あなたのサラサラの髪が魅力だ」と言われた時に、驚いた。

確かに、毎日、髪を触っているプロの人に、「褒められることがよくある」というのは、それは、実は、自分の魅力に決まっている。サラサラの髪が魅力だなんて、意識したことがなかった。そして、髪に興味がないので、これからも、意識することはないだろう。それでも、見た目の自分の魅力に気付いたのは、大きな出来事だった。

私たちは、実は「自分が気付いていない」ところに魅力がある。当たり前過ぎて気付いてない魅力がある。それは、自分の興味があまりない部分かもしれない。自分の内面のキャラクターという部分を「魅力だ」と思っていたら、まさか、外面の髪という部分が「魅力だった」なんて。

私たちは、いつも、「自分のことは、自分が1番わかっている」と勘違いしている。自分のことは、自分が真に持っているモノは、見えないのだ。真に持っていることに対しては、意識を払えないからだ。

私たちは、他人と接することで、他人を鏡として、自分を映して、自分を理解する。
また、他人からの意見で、自分の知らない自分を発見する。

そうやって、私たちは、自分のことを知っていく。それでも、私たちは、死ぬまで、自分の本当の魅力に気付けない。自分の本当の魅力を言語化するのは、他人にとっても、自分にとっても、難しいことなのだ。

鏡がないと自分のことを比較できないし、鏡がたくさんあると、自分を見失ってしまって、どれが本当の自分か、わからなくなる。

そして、私たちは、自分が気付いていない魅力を伝えてくれて、その魅力に「なるほど」と、腹落ちしたとき、その人に好感を持つ。異性であれば、心が動いたり、心が奪われたりする。

「人のよい所を見つけて、伝える」というのは、その人のことをよく観察していないとできない。上っ面の褒め言葉になってしまう。だからこそ、その人のことを理解した上で、出てきた言葉は、ストレートに気持ちが伝わる。

俺は、素直な人間であることは自覚している。素直ということは、感情的であることだ。それは、ポジティブにも、ネガティブにも振れる。素直だからっていいばかりじゃない。

感情的に人を褒めるし、感情的に人をけなす、「スゴイ」って言うし、「バカだな」って言う。好感を持てる人には、「自分が好感があるよ」ってビシバシ伝えていくし、嫌いな人には、「嫌いだよ」ってオーラを放つ。「悪い」と思ったら、誰にでも「ゴメンナサイ」が言えるし「正しい」と思ったら、「絶対に引かない、自分を曲げない」意地でも貫き通す。「嬉しい」って言う、「楽しい」って言う、「ムカつく」って言う、「つまらない」と言う。まとめると、素直である。

素直を、分解した先に、自分の魅力があるのかもしれないという気付き。

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