新しい朝

湯浅

新しい朝

2022/1/17

睡眠

朝起きて、今日もまた1日が始まる。
仕事に行きたくない今日かもしれない。
二度寝できる休日かもしれない。

私は、しばらく、起きたいときに起きている。
実はコレは、中々、快適なことである。

私たちは、だいたい目覚ましで起きて、仕事へ行く。
「 今日もまた仕事か 」と思いながら、はじめる今日だ。

私たちは、好きなだけ寝るのが休日の楽しみのひとつだ。
目覚ましのけたたましいアラームで起きるのは、不快だ。

私は、寝ることに価値を見出せない人間だ。

だから、なんで、人は、そんなにも睡眠を好むのか理解できない。睡眠時間が少なければ、少ないほど、死ぬまでの時間を長くできる。死ぬまでの活動時間を増やすことができる。捉えようによっては、長生きになる。

私は、できるだけ、起きて、意識がある状態で、世界を堪能したいので、「 睡眠が無駄なことだ 」と考えている。身体の機能として、必要ないならば、ずっと起きて、何かをしていたい。寝ないならば、ベッドもいらないし、ベッドルームもいらないし、生活が一変する。

ひとつだけ問題がある。セックスは、ベッドでする。眠る前や起きた後にセックスするから、ベッドが必要だ。でも「 寝たい 」という欲求がない私には、睡眠は、無駄の極みである。寝ないで、ずっと、何かをしていたい。睡眠やベッドは、セックスという行為があるから、セックスに付随するためのものだ。

私にとって、睡眠はセックスのための必要悪だ。睡眠が心地よいものだから、それに近しい存在としてのセックスがある。私は、睡眠を好まないけれど、セックスは好む。「 セックスのために、ベッドが必要で、ベッドに誘うために、睡眠が必要 」って言われたなら「 なるほどな 」となる。

私は「 睡眠は不必要だ 」と思っているけれど「 睡眠はセックスのために必要だ 」とするならば「 睡眠は必要かな 」と思う。

① モノゴトをひとつの視点で捉えていては、本質は見えない。
② 何かあるひとつのモノと組み合わせることで、新しい何かに気付くことができる。
③ 不必要なモノを、必要と捉えることができる。

消費

① 私たちは「 必要だ 」と思っているモノに囲まれて生活している。
② そして、不必要なモノに囲まれて生活している。
③ 不必要なモノを買うために、毎日、働いている。
④ 家を買って、車を買って、保険を買って、ブランド品を買って、一生分の服を持ちながら、また、服を買う。

そうやって、消費をするために、働いている。

働くのが好きならば、それもいい。
消費するのが好きならば、それもいい。
寝るのが好きならば、それもいい。

すべては、自分で決めることだ。

自分で決めた仕事をして、自分で決めた消費をして、自分で決めた睡眠をしているなら、それは、幸せなことのはずではないか?

自己決定権は、幸福の源だ。

何かを自分で決められることは、楽しいことだ。どんなことをして稼いで、どこに住んで、どんな消費をして、すべては自分で決められるから「 人生は楽しい 」って思う。

「 好きなモノを買えて嬉しい 」と思うから、私たちは、自分の時間を使って働いて、金銭を得る。

「 消費するために働いている 」はずなのに、いつのまにか「 働くために消費している 」のではないか?
「 食べるために働いてる 」のに「 働くために食べている 」のではないか?
私たちの肉体は、摂取する食べ物でできている。
私たちの思考は、摂取する情報でできている。
by 岡田斗司夫

欲望を刺激される情報にまみれることで、大きなメディアの声に触れ続けることで、私たちの欲望は無限大に拡張していく。

私たちは知らないモノを欲しがれない。

摂取する情報を変化させることでしか、私たちは、この闇の中から抜け出せない。

幸せの源であるはずの自己決定権は、いつのまにか、情報に、メディアに洗脳されてしまっているのではないか?

私たちの生活は、より多く働き、より多く稼ぎ、より多く消費して、その繰り返しではないか?

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