【本要約】任天堂~驚きを生む方程式

【本要約】任天堂~驚きを生む方程式

2020/11/25

任天堂のミッション

任天堂のミッションは、任天堂に関わる全ての人々を、ニコニコ、笑顔にすることである。任天堂は、笑顔創造企業、それが娯楽産業のあるべき姿である。

そのために必要なのは、驚きや喜びである。驚きや喜びを生み続ける苦しみや辛さに耐えてきたからこそ、今日の成功した任天堂がある。

任天堂は、驚きや喜びを食べて育つ人間が働く会社であり、会社も人間の成果を食べて育つ。

「任天堂は、自分たちは生活必需品ではなく、役に立たないモノを作る娯楽屋だからこそ、ネガティブな要素を徹底して排除しなければ将来はない」と考え、お客さんに対してひたすら丁寧に、振舞ってきた。

任天堂の商品~娯楽品

娯楽品は、生活必需品とは違い、厳しい目にさらされていることを、強く意識している。

任天堂は、基本的にずっと役に立たないモノを、作ってきた。役に立たないモノに人は我慢しない。説明書は読まない。わからなければ全部作り手のせい。ゲームソフトも、5分触ってわからなければ、『クソゲー』だと言われて終わりである。

生活必需品であれば、必要に迫られて説明書を読んでくれる。使い勝手が悪くとも多少は、目をつむってくれる。

娯楽品は使われなくなった時点で廃れる。その娯楽品があれば、便利だったり、お得であったりするシーンを作れば、娯楽品は携帯され、廃れることはなくなる。

事業領域を、娯楽に絞るからこそ、よそと同じことをしては生き抜くことができない。驚きや喜びを、お客に与えることこそが、娯楽屋の宿命である。

任天堂の軸

ゲーム機の歴史では、発売からいかに短期間でシェアを奪うかが、ゲームプラットフォーム競争の優勝劣敗を左右してきた。

シェアをとって、ハコを用意するだけでいい、ハコの中身まで、全部、自前で用意する必要はない。

任天堂は、ゲーム屋であるという基軸はずらさない。それは、あくまで、娯楽の会社だという、娯楽原理主義が、任天堂の不文律としてある。

任天堂がやることは、任天堂が一番の強みを発揮できる部分に絞る。上手に捨てられるから、少数でも、世界と戦える。それが、自分たちではできないことは、他社と組むということにつながる。

選択と集中の経営こそが、任天堂の強み。

任天堂の経営方針

従来の延長線上にないものを作る事業だから、成功が保証されていない事業だから、リスクのある事業だから、投資をせずに貯蓄している。

そして、貯蓄にはもう一つの意味がある。貯蓄は、自社工場を持たないファブレス企業での信用保証となる。ハード開発は全て外注であり、外注先の会社は、貯蓄という信用保証もあって、経営が成り立っている。

ファブレス企業:製造業を営む企業でありながら、製造のための施設を自社では保有しない企業

任天堂は、尖っているから強い、強みというのはそういうものである。

任天堂の進化

高画質、高性能という業界の常識から、別の市場に旗を立てた。技術者は、技術を捨てるわけではない、違う方向へ技術力を振り向けるだけだと、切り替えた。次世代の技術ではなく、次世代のゲーム体験である。

DS

DSというハードではなく、脳トレというソフトを売った。ゲームのメインターゲットは子どもという概念を覆し、大人や年配者へ拡大した。ゲームが興味ない大人に向けて、キラーソフトを提供し、ゲーム人口の拡大を図り、クロスセルへとつながった。

医療施設での理学療法、知育、教育、健康など、これまで、市場とは見なしてなかったブルーオーシャンへと、ゲームが拡大していった。

Wii

ゲームの基本性能を向上させる技術は捨て、家族の機嫌を取るための技術は積極的に採用する「お母さん至上主義」の開発に舵を切った。

革新的な体験をユーザーに与えるアイデアは、既にあった、だが、アイデアを形にするには、苦労がある。ゲーム機史上、初めてコントローラーをリモコンと呼ぶWiiが誕生した。

Wiiをテレビのチャンネル一つにしたいという理想が、ゲーム機はゲームをするためのモノという枠を越え、ゲームが日常生活への一部とする道を切り開いた。

そして、Wiiの、開発チームは、家族から嫌われないゲーム機から、家族全員に関係があるゲーム機へと昇華させた。

同じゲーム市場ではなく、スポーツクラブ、ボーリング場、ゴルフ場を仮想敵と見なして、Wiiフィット、Wiiスポーツというキラーソフトを作り出した。

テレビチャンネルの枠の一つとなったWiiチャネルには、ゲーム機でなく、もはや、ポータルサイトである。Wiiチャネルが売れれば、ポータルサイトに人が集まってくる、人が集まれば、そこに、価値が生まれる、メディアとしての価値が生まれる。

宮本フェロー

「ゲームに関係ない人の声を拾って、普通の人がわからないのは、自分が間違っているからだ」と修正をする姿勢が、「納得ができないものを商品として世に出せない」という姿勢が、任天堂躍進の礎である。

「一つのテーマについて、長くしつこく考え続けることが大切で、考え続けていることの蓄積の量が、ヒットを生んでいる部分もあるんだな」と考えている。

自信と過信は紙一重である。自信を持っても、過信はしない。

岩田前社長

経営思想

モノゴトが変わるときというのは、一気に変わる。成功したことに、驕らず、謙虚な姿勢を保つ。結果のために正しいと思うことをしたのではなく、正しいと思うことをしたら結果が付いてきた。だから、正しいと思うことが、市場から予想以上の結果が出ても、慢心しない。

社長と社員

社長がビジョンを示したら、ある日突然、みんながこれまでとは違う未来を信じて、みんなが同じ方向を向いて走り出すなんて、そんな都合のいい話しはない。最初は「社長はあんなことを言うけど大丈夫か?」と思う人がたくさんいて当たり前である。

社長は、自分のビジョンを、何度も何度も繰り返し語って、その過程で、そのビジョンの正当性が証明されることで、一人一人と信頼を獲得していく。

全ての社員とは無理でも、目の前の社員とは、言葉を交わし、膝と膝を突き合わせて、社員の理解を深めていく、そして、自分のビジョンを語る。

データ

相手の話しをよく聞いてから、データを用いて、論理的に話すことで、より強い説得力を持つ。

マーケティングは、今のニーズを切り取るものであるから、そのニーズを元に商品を開発すれば、過去に向けて商品を出すことになり、未来を先取りすることはできない。

データは、現状起こっていることの理由や仮説の裏付けを取るためにある。

任天堂の中興の祖、山内

ハードとソフト

産業は、ハードとソフトの2つに大別される。

ハードの会社は、人間が生活をより良く、長く保持するために必要なモノを作る会社であり、より良いモノを安く作る会社である。ハードの会社が、より効率的な大量生産に取り組んで来たからこそ、生活はより便利に、より豊かになった。

そうなると、今度は、「いかに楽しく暮らすか」「いかに余暇を追ごすか」という需要が生まれ、娯楽産業が勃興する。

娯楽産業はあらゆる点で必需品を作るハードの産業とは違う。

人間が生きるために必需品を扱うわけではないので、喜びや驚きがないと見向きもされないし、わかりやすく快適でないとそっぽを向かれてしまう。技術や性能、価格といったハードの出来ではなく、コンテンツの面白さやルール、仕組み、すなわちソフトの出来が求められる世界である。

娯楽産業は、高機能、高品質のモノをより安く作るための体質が優先されるハード産業とは違い、洗練されたソフトを生み出す体質、すなわち、ソフト体質が優先される。

ソフト体質

娯楽の世界に身を置き続けた任天堂には、ソフト体質が染みついている。

特に資本主義、市場原理主義に揉まれた近年、激しい戦争の中で任天堂が勝ち抜いたということは、トップにソフト体質を守り抜く、資質が備わっていた証左である。

ファミコンの躍進

ファミコンの発売時は、ソフトの扱いや流通の仕組みに気を遣った。外部のソフトメーカーが開発したゲームであっても、ソフトのカートリッジはすべて任天堂が受託生産するという仕組みを導入。ソフトを発売するか否かの判断も含めて、ソフトに関する権限を掌握した。

ファミコンというハードの販売ではなく、その上で稼働するソフトの販売こそがビジネスの中核だと考えたからである。この仕組みはソフトの粗製濫造を防ぎ、おもしろさや質を維持した。

ロクヨンの失敗

ソフト体質を発揮できず、ハード体が表に出てしまった時、任天堂という会社は悪化する。スーパーコンピュータ並みの性能を優先させ、ソフト開発の難易度を上げてしまったロクヨンがその象徴だ。

ソフトありきのハード

決して、ゲーム機本体というハードの性能や技術を疎かにしているわけではない。ソフトの魅力は、どうしてもハード本体の性能や機能に依存する。あくまでも、ソフトを主軸に、ソフトを優先に物事を考える。それが、ソフト体質なのである。

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