モノゴトの本質、禁酒法の本質

社会

モノゴトの本質、禁酒法の本質

2021/5/10

ゴミ捨て場の酒の空き缶が増えている。

「ゴミ捨て場の空き缶が増えている」ということを単純に切り取ってみると、酒の消費量が増えていると誤認識してしまう。「アルコール関連企業の株は好調なのか?」と考えてしまう。

否、人は、自分の価値観で、世界で判断している。

湯浅は、家で酒を呑むことが日常であるし、1杯2杯ではなく、たくさん呑む。

だから、「みんな家にいて、家で酒を呑んでいるんだ」と思ってしまう。

否、酒を呑むことが好きな人は、一部である。

酒を呑むというより
「誰かと呑むのが楽しい」
「飲み会が楽しい」
という人の方もいる。

なんなら、酒は呑まないけど、飲み会には来る人がいるのは、飲み会というイベントが楽しいからだ。

みんなで集まって話すことが、楽しいのだ。
酒は必須じゃない。

だから、ゴミ捨て場の酒の空き缶が増えていても、「総量としては、酒の消費量は落ちている」と考えるのが本質だ。

自分が、酒というアルコールが好きだからって、みんながそうじゃない。みんな、酒じゃなくて、集まって話すことに酔うのだ。

しかし、今は、みんなで酔えない時代に突入した。

現代の禁酒法である。

現代の禁酒法は、飲食店での飲酒を禁止している。

禁酒法が復活するなんて、誰が想像しただろう?飲食店で酒が呑めない日が来るなんて誰も思わなかった。

みんなで集まって、酔えないなんて、呑めないなんて。酒は家で、家族で呑むか、1人で呑むモノに変化した。

禁酒法は、酒を禁止しているように見えて、実は、人と人との関わりを禁止している。人間関係の断絶の促進が本質だ。

本質を見極めなければ、奪われ失っていくものに、気付けない。

禁酒法によって、飲み会という娯楽が奪われた。

『何かがおかしい』を知識によって可視化する。
「何かがおかしい」ことはわかっている。でも、「その何か」がわからない。『ホモ・デウス』という名著を知識として取り入れ、深く思考する。そして、2021年5月のGWの息苦しさと照らし合わせる。「その何か」を可視化した。

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