資本主義ではない世界

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資本主義ではない世界

2021/3/14

人は自分の都合のいいように、自分の都合のいい世界だけを見ている。自分の都合の悪いことは目に入らない。

お金が支配する資本主義社会では、お金を得ることが権力を持つということには、変わりない。

お金があれば、世界中のどこだって、屋根の付いた部屋で寝ることができたし、温かい食事をすることができた。世界は、お金でまわっていることを、肌で感じた。

だから、全てが資本主義であると思っていた。多くの給与が欲しければ、会社に多くの利益をもたらせればいい。もっと多くの収入が欲しければ、自分で会社を興せばいい。その世界が全てだと思っていた。

自分の価値観なんて、本当に大したことがない。自分はいつだって無知なんだ。自分を否定することは誰だって嫌なもんだ。ただ、自分が無知だと理解することで、新しい世界の扉が開かれる。

資本主義ではない世界の現実は、自分が知る資本主義とは、異なった様相を呈していた。その世界では、お金という媒体を挟まないで、人間関係が構築される。

お金という媒体を挟まない人間関係は、濃厚で濃密な人間関係を形成する。

お金という基軸がない世界は、お金を多く稼いだ人が、会社に多くの利益をもたらした人が、出世する世界ではないということだ。

相手を引きずり下ろすのである。自分が上がるのではなく、相手を下げることで、相対的に自分が上がって出世する世界である。ミスが許されない、他人との足の引っ張り合いである。他人のアラを探して、密告する。それが資本主義ではない世界の一部だ。

そんな世界では、人は、懐疑的になる一方で、また、強い信頼感も生まれるであろう。

今の自分の視点からは、全てのモノゴトが、均等になるように、見えている。

ローリスクハイリターンな投資など存在しない。
ローリスクであればローリターンであるし、ハイリターンはハイリスクからしか生まれない。

均等に配分されるように、見えている。

だから、懐疑的な視線の裏返しには、強い信頼感が生まれるように、見える。どちらにしても濃厚で濃密な人間関係である。

そんな世界では、当然、同調性が重要視される。現代の世界的流行風邪による同調圧力よりも、もっと、力強いモノであろう。

資本主義ではない世界、新しい世界の知識の獲得は、自分の価値観へのスパイスとなり、自分の価値観を変容させる。知への欲求は増すばかりである。

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