他者の気持ちがわからない。

湯浅

他者の気持ちがわからない。

人間語という概念
私が「 人間と違う 」と感じるのは、非人間だからである。私が、日本語を話していても、伝わらない。私は、一見、日本語を話しているけれど、私は、非人間であるから、私が話しているのは、非人間語である。

2022/3/11

私は、他者の気持ちがわからない。
私は、「 他者に迷惑かけないようにしなさい 」と育てられた。
私は、「 他者に迷惑かけないようにしなさい 」と言われても、他者の気持ちはわからない。
私がわかるのは、私の気持ちだけだ。

どうやら、私以外の人間は他者の気持ちがわかるらしい。他者の気持ちが想像できるらしい。
私は、非人間であるから、他者の気持ちはわからない、他者の気持ちが想像できない。
非人間である私は、何が他者の迷惑になるのかは、気持ちで理解するのではなく、経験や知識で理解する。

「 志村けんが死んでヤバい 」という気持ちでマスクをするのではなく、とりあえずマスクをしていれば社会生活が営めることを理解する。医療用マスクではないと、科学的に意味がない。科学的に意味がないから布マスク禁止の病院がある、当然である。私は「 意味があるマスク 」と「 意味がないマスクある 」という知識がある。

しかし、どうやら、社会は「 マスクをしていればいい 」という気持ちのようだ。私は「 科学的には意味がない 」ことを知識で理解している。しかし、社会は「 口を何かで覆っていれば、問題ない 」という気持ちであることを経験によって獲得する。非人間である私は、自分の知識と社会のズレを、社会の気持ちに合わせればいいことも、経験として持っている。

私は、他者の気持ちがわからない。

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