高円寺から見るサラリーマン

社会

高円寺から見るサラリーマン

2021/4/19

朝から高円寺の駅に向かう中で思う。こんなにたくさん家があるのに、人が全然歩いてない。出勤している人がいない。

「なぜ、なんだろう?」

どこでも、朝から、人は出勤しているはずだ。それは、サラリーマン的思考だった。「朝から、会社に出勤する」というのは、サラリーマンである。

高円寺は、サラリーマンの街じゃない。むしろ、サラリーマンから遠い価値観の人たちの街だ。

だから、朝から、出勤している人が少ない。

「朝から、出勤するのが当然」という価値観ですら、場所が変われば、当然じゃなくなる。自分の価値観なんて、本当に、自分のこれまで捉われてきた世界の延長なんだなと。

「毎日、朝から出勤する」というのは、学校教育で得た価値観。学校教育は、従順なサラリーマンの造成場である。

その違和感に気付くことから、サラリーマンではない生き方の模索がはじまる。

知識は自分で獲得しなければならない。学校みたいに画一的に教えてくれないし、学校で学ぶことが全て100%正しいわけではない。

お金持ちの多くは、学校教育で学ぶことではなく、社会のルールに気付いた人だ。サラリーマン的思考ではなく、経営者的思考である。

サラリーマンの先に、経済的自由はない。経営者の先にしか、経済的自由はない。

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