親の向こう側はお金なんかじゃ辿り着けなかった今日

湯浅

親の向こう側はお金なんかじゃ辿り着けなかった今日

2021/4/5

親は、伊達に生きてない。
俺よりちゃんと長く生きて経験している。

経験しているのだ。
父親も母親も、昔は41歳だったのだ。

そのときは、俺や弟を必死に育てていた最中、お金が1番かかる最中だった。

そう考えると
バイトをする必要なく、勉強に集中させてくれる環境は、両親が用意してくれたのかもしれない。勉強を阻害するツールがポケベルを買う余裕はなかったのかもしれない。

そんな最中に
おもったんだろうか?
人は衰えていくということを

わかる、今は、体の衰えを感じる。
でも、頭脳の衰えなんて感じない。
しかし、実は、頭脳も衰えていたのだ。

当たり前のことを、当たり前に伝える感性である。

俺の両親は、ある意味、現実的な存在なんだろう。

それが、俺の源泉である。

当たり前が当たり前という世界である。お前の思想とか思考とか関係ない世界である。

客観的に見て、経験を通して、お前、ちゃんとバカになってきてるよ。自分がおもうパフォーマンス出せないよ。

それが現実だよ、経験として。

なるほど、親から学ぶこともある。

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