哲学と科学

知識

クオリアと人工意識からの思考

【本要約】クオリアと人工意識
「自由意志」は、脳が作り上げた壮大な「幻想」である。人間の行動は、物理的な脳が存在して、物理法則に従うしかないのに「自分で自由に選択できる」と意識の中で感じ、思い込んでいる。

2021/11/7

・よくわからないモノを、自分の頭で考えて、その仕組みを仮定するのが哲学である。
・よくわからないモノを、自分の頭で考えて、その仕組みを仮定して、仮説を立てて証明するのが、科学である。

意識は、「今、私がここにいる、生きている」という意識は、何か?

意識は科学的に証明されていない。

科学は客観であるが、意識は主観である。

  • 主観は人によって違うから、証明できない。
  • 科学は客観だから、誰にでも同じ結果だから、論理的に数式で導けるから、証明できる。

意識を主観としたときに、それは、証明できない事象へと、非科学へと昇華する。非科学は、哲学である。哲学の仮定が、証明された仮説が、科学である。哲学の仮定 = 非科学 である。

私たちは、科学技術の中で生きている。だから、私たちは、科学を信じている。

今、この文章を読んでいるデバイス、スマホやタブレットやパソコンは、現代の科学技術の結晶である。そのデバイスを動かすための電気は目に見えない。電気は目に見えないけど、電気を信じて使っている。私たちが生きるために必要な空気も目に見えない。空気は学校で習ったから、空気を信じて呼吸している。

しかし、この世界のすべてが、科学で証明されているわけではない。私たちは科学を信じて生きているから、世界が科学でできているように見えるだけだ。

・「元気」って使うけど「元気」って科学的に何?
・「愛」って使うけど、「愛」って科学的に何?
・「人生」って使うけど、「人生」って科学的に何?
・「楽しい」って使うけど、「楽しい」って科学的に何?

元気も、愛も、人生も、楽しいも、人それぞれに違って、すべて主観だから、科学的に証明できない。でも、それは、確実に存在するモノ、目には見えないけど、確実に在るモノだ。

そもそも、私たちが囲まれている世界は、地球は、宇宙はなぜ生まれたのか?

私たちは、なんでもわかった風な顔をして、なんでもわかった気がしているけど、科学で証明されていることなんて、ほんの一部で、この世界のほとんどが謎だらけなのだ。

そもそも、そういったこと考えている、今、書いている、そして、今、読んでいる、その意識って何?

「今、ここに、在る」という意識すら、非科学で、哲学なのだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました