わかる快楽

知識

「 スマートノート 」からの思考

2022/5/4

「 わかる 」という体験が「 精神的快楽の極み 」というのは、なるほどなとおもう。

私たち人類は、わかることで、進歩してきたし、わかることで文明を発達させてきた。
わかる快楽は、食事の「 美味しい 」、セックスの「 気持ちいい 」といった人間の本能に関わる肉体的快楽ではない。

「 わかる 」という感覚は、進化の過程で、獲得した、快楽である。

突然変異で生まれた「 わかる 」だけで快楽を得る人が、生存に優位だった。いろんなことを知って理解する能力がある方が、生存能力が高いことは、受け入れやすい考え方だ。

わかる快楽を手に入れた遺伝子を持つ人々が、歴史を前に進めてきた。それは、ソクラテスだったり、ブッダだったり、イエスだったり、孔子だったりした。聖人は、史上、わかった人 = 真理を得た人である。

  • ソクラテスは、わからないということをわかることだ「 無知の知 」という真理を得て、処刑された。
  • ブッダは「 私は存在しない 」という真理を得て、死を克服した。
  • イエスは「 人類平等だ 」という真理を得て、処刑された。
  • 孔子は、「 歴史に学べ 」という真理を得て、学校を作った。

「 わかる 」ことは当時の常識から外れていることもある。むしろ、社会の常識の中には、本当の「 わかる 」は存在しない。常識の外にある真理に気付くことが、本当の「 わかる 」である。ガリレオも、ルターも、ルソーも、西郷隆盛も、多くの偉人たちの人生は、迫害と隣り合わせの人生だった。

現代のわかる人々は、アップルの故スティーブ・ジョブスや、アマゾンのジェフベゾス、フェイクブックのマークザッカーバーグ、マイクロソフトのビルゲイツ、日本なら、ソフトバンク孫正義や、UNIQLO柳井正であろう。

現代のわかる人々は、常識を破った人たちであるが、現代社会の資本主義とマッチしているため、迫害されることはない。一方で、歴史を鑑みると、現代のわかるは、真理ではないのかもしれない。私が、[ 現代のわかる = 真理 ] に辿り着けていない方が有力ということだ。真理は歴史を振り返ることでしか、辿り着けない性質がある。

わかる快楽を持つ遺伝子が増加したことで、時代は、急激に前に推し進められているのが、現状なのだろう。

加速度的に進化していく世界は、わかる快楽者たちによって、もたらされた。

  • わかる快楽者は、やがて、すべてがわかってしまう世界へと辿り着いてしまうのか?

それは、人類の終焉をもたらすことも気付かずに。

すべてがわかってしまう。

例えば、
未来が見える人生は楽しいのだろうか?
究極には死期がわかる人生は、日々は、死ぬまでのカウントダウンである。

わからないからこそ、未来があって
人生に、何が起こるかわからないからこそ、楽しめるのであって
人生に、何が起こるかわからないからこそ、起こる不幸を耐えられて
わからないからこそ、希望があって
わからないからこそ、不安があって

わからないからこそ「 知りたい 」と思える世界がある。すべてがわかってしまったら、何も「 知りたい 」と思わない世界は、不幸もなければ幸福もない世界、むしろ、未来がわかる不幸を生み出す。

それは、人類の終焉の鐘となり得る。

人類が、進化の過程で得たわかる快楽は、歴史を進めると共に、歴史終わらせる諸刃の剣なのかもしれない。

【本要約】スマートノート
私たちは「 わかる 」ことより「 知ってる 」ことの方がずっと多くなるから「 わかる 」ことをあきらめる。経験する前から、その存在を「 知っている 」。いつの間にか私たちは「 わかる 」ではなく「 知る 」ことを求めるようになっている。

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