プライスレスな体験価値

投資

プライスレスな体験価値

2020/9/28

投資か浪費か

投資か、否か
それは、価値があり、お金を生むものか?
それとも、お金を生まないものか?

すべてのモノは、投資か否かに分けられる。
投資でないものは、浪費である。

投資だけが、重要ではない。
浪費の中にこそ、人生の豊かさがあるから。

マイホームは負債か浪費か

マイホームを負債と見るか、浪費と見るかは、人それぞれで、感性が異なる。

金銭的価値を基準にすると、
新築マンションは、住んだ瞬間に、価値が下落する。5000万の価値が、1日で1000万下がって4000万になる。そして、ローン総額の支払いは、6000万である。1日で2000万の負債を作るという行為だとみる人もいる。

体験価値を基準にすると、
『家族がこれからずっと一緒に住んでいく場所』『幸せな家庭を築くための暮らし』『一生住める自分の家という安心』を買ったとみる人もいる。

金銭的価値からみると、体験価値は、浪費である。体験価値からみると、金銭的価値は存在しない、プライスレスである。体験価値は、価格に置き換えられない。

金銭的価値と体験価値は相容れないし、それは、個人の価値観によるものである。

本能以外で、子どもを欲しがる理由

子どもは、投資かどうか?

基本的には、浪費であろう。

子どもが、将来、お金持ちになって、お金をくれることは少ない。お金をくれる存在になれば、それは、投資となる。
しかし、元本回収までいくことは少ないし、さらに、利益を出すとなると、宝くじにあたるようなものかもしれない。
子どもを育てるのには、数千万もかかるのだから。

逆に、子どもは、いくつになっても、お金がかかることの方が多いし、親は子どもがかわいいから、お金を渡す。
死ぬまで搾り取られ続ける負債である。

一方で、子どもを育てるとうことほど、金銭的価値で表されない、プライスレスな体験価値はない。

進化心理学によると、子孫繁栄は、我々、人類の進化に刻み込まれた本能である。

子どもは、経済的には、明らかに負債で、浪費であることを認識している。
しかし、何の迷いもなく、子どもを作り育んでしまうのは、本能というだけではなく、ただ、生き物を育てるのは楽しいのだ。
子どもには、自分には失ってしまった、成長していく姿があるからだ。
子どもを通して、自分が輝いていた成長時代を垣間見れるからだ。

だから、大人になった我々は、結婚したいし、子どもが欲しいと思う。

プライスレスな体験価値

人は成長過程が、一番楽しい。
成長という体験価値ほど尊いものはない。

ゲームも、漫画も、ドラマも、爆発的人気を誇るのは、『主人公が、敵を倒して、成長する物語』である。

そこには、金銭的価値を追うような打算もない。ただ、主人公が、ひたむきに、成長していく姿だけがある。

ときには、ピンチを陥り、ときには、敵に負け、それでも、仲間と協力し、仲間に助けられ、仲間とともに少しづつ成長していく。

その成長過程こそが、人のDNAに刻まれた人類史なのかもしれない。

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