お金持ちの世界、シンジツの世界
2021/1/29
銀座に、燻製料理を出すバーがある。
夜は、めちゃくちゃ高いから、ランチにしか行けない。ランチでも、ハンバーグセットで2,000円弱する。美味しいけど、高い。
平日ランチに行くと、そこには、知らない世界があった。
世界的流行風邪のせいで、夜に呑みに来れない人たちが、昼に呑みに来ている。
テーブルに案内される。
ともすれば、カウンターより、テーブルの方がいいのは、大衆の意見である。
寿司屋やバーは、カウンターである。
ホンモノの大人は、カウンターである。
平日の昼間に、ワインを開けて、カウンターでオーナーと話しながら、妻と呑んでいる。
高いスーツを着てるわけではない。高い時計をしてるわけではない。でも、わかる。めちゃくちゃお金持ちだと。
例えば、平日の昼間に銀座のバーでワインを開けていたら、そりゃ、お金持ちだというのは、とても、よくわかる。当然である。
それはそうなんだけど、そんなことじゃなくて、醸し出す雰囲気、空気感、圧倒的余裕感を、その場にいると感じる。「あぁー、この人、経営者なんだなー」って。あくせく、働かなくても、いい世界の人なんだと。
お金があるということは、高い食事や、高い住居や、高い服ではなく、自由があるということなのだ。
今日、朝起きて、『燻製料理が食べたいから、銀座のバーに行こう。燻製料理食べたら、ワイン呑みたくなったからワイン呑もう。』
仕事や時間に縛られることなく、自分のやりたい時にやりたいことをやる。そして、その権利を持つ、これぞ、人生のゴールである。
そして、それは、お金があれば、実は、達成できるものなのだ。
人は、いつだって自由に生きたい。「自由に生きられたらいいな」と思う。
その具現者がいる。全身から余裕しか感じない。
こちら側とあちら側で、空気が違う。住んで世界が違う。
世界は、こんなにも残酷だけれど、真実を照らしてくれる。残酷な真実は、受け入れ難くも、また、優しい。
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