【本要約】入門経済思想史世俗の思想家たち
2022/4/9
サマリ
思想が社会を変化させてきた。
【 経済が生まれる前 】
・権力と伝統に従って、生活していた。
・仕事は、金を稼ぎものを買うという目的のための手段ではなく、伝統として生活の一部であり仕事自体が目的であった。
・生産の3要素「 土地 」「 労働者 」「 資本 」も存在しなかった。
市場システム = 経済が生まれ、社会全体をけん引した。
経済は、自我を誕生させ、所有を意識させ、自由を発明した。
前奏曲
学者として、自分たちのことを世間が何と言おうと頓着せずに仕事をした。彼らの影響は、帝国の崩壊や大陸の激動をもたらした。彼らの思想が非常に大きな影響力を持ったからである。
経済学こそ、人々を戦争に送り出した学問である。
ケインズ
- 彼らの好奇心の赴くまま、身の回りの世界に、その複雑さと無秩序さに魅せられた。
- 彼らは思想体系の中に、人間のあらゆる活動の中で最も世俗的な行動である富への衝動を組み入れようとしたので、世俗の思想家と呼ばれる。
「 騒々しい世の中も秩序ある進歩と見ることができ、騒動は調和 ( 法則・原理 ) という形で解消する 」というのが、偉大な経済学者たちの信念だった。
経済学者が考え出した行動様式をひとたび同世代の人々に示すや、群衆は、人間のドラマそのものを進行させるのに欠かせない、幸福・不幸の役割を演じることを知る。
経済学者が理解されると共に、これまで「 短調であるか 」「 混沌であるか 」だけだった世の中が、それ自身の有意義な生活史を持つ秩序ある社会になった。
経済学の中心をなすのは、社会の歴史の秩序と意義を探究することである。偉大な経済学者が見つけた、自分たち自身の社会の根源を、混乱した社会の中に再発見するために歴史をさかのぼる。偉大な経済学者を知ることは、思想の創始者を知ることになる。
アダムスミス以前には、世俗の経済学者が一人も登場しなかったのは、なぜか?
経済の革命
個人的利得の誕生
- 人間は、社会的に協力する生き物だから、繁栄した。
- 人間は「 社会集団に依存しなければならない 」という事実が、生存の問題を困難にした。
- 人間は、生まれながらにして、社会的本能を備えているわけではない。
- それどころか、人間は、元来、はなはだ自己中心的にできているようだ。
- 人間は、伝統に基づいて人間社会を組織し、慣習やしきたりに従って、親から子、世代から世代へと必要な仕事を後世に伝えていくことによって、自らの存続の確証を得てきた。
- 中央権力は、人間社会の仕事がうまく行われるように統治してきた。
人間は、この2つの解決策のいずれかによって、生存の問題を処理してきた。
社会が慣習や命令によって動いている限りは、社会を理解しやすくする役割の経済学者は必要とされなかった。
- 生存の問題に対する3番目の解決方法が発明されて初めて、経済学者が登場する。
「 各人に思い思いのことをさせても、それが中央権力の指導方針にかなった行動でありさえすれば、社会はその存続を保てる 」という装置が開発された。その装置は、市場システム である。
・市場システム においては『 伝統の強制力 』や『 権力のムチ 』とは違って、利得の持つ魅力が、各人に仕事をするように仕向ける。
・各人は「 自らの欲望の赴くままに何を欲しがろう 」と自由でありながら、他人との相互作用によって、結果的に社会に必要な仕事がうまく行われるようになる。
- 慣習や命令に従う場合のように単純ではなく、各人が、ただひたすら自分の利得を目指す中で、社会が持続するのか、全くわからなかった。
- 慣習や命令が世界を動かすことがなくなったとして、社会のすべての仕事がうまく行われるかどうかもわからなかった。
こうした難題を解き明かそうとしたのが経済学者だった。
フランス革命よりも、アメリカ独立戦争よりも、ロシア革命よりも。
・「 個人的利得が妥当だ 」とする、経済だけを切り離して独立させても成立するような社会ではなかった。
・実際の社会は、政治的・宗教的生活の世界と渾然一体となっていた。
- 個人的利得の観念が社会で見受けられる特徴となったのは、印刷技術の発明と同じくらい近代になってからである。
- 中世においては「 キリスト教徒たる者は、何人たるとも商人たるべからず 」と教会で諭されていた。
初期の資本家たちは、社会を支える柱ではなく、社会を追われた者や根なし草たちだった。
「 地上の生活は永遠の生命に至るための辛い足掛かりに過ぎない 」と考えるのが、至高の理念だった。そんな中では、実業の精神は奨励されることもなければ、自然に培われていく術もなかった。たいていの人々は「 自分の親の代がしていたような生活をしたい 」と思い、自分の子の代にもそれと同じ生活をするよう望んだ。
- 利得の観念は教会には絶対的に不評を買うものであった。
日常生活の通常の行動原理として、利得の観念がなかった。 - さらに「 生計を立てる 」という観念が、まだ生まれてなかった。
経済生活と社会生活は一つになっていて同じモノだった。
- 仕事は、伝統の一部として、自然な生活様式として携わるモノであり、仕事そのものが、目的であった。
市場という偉大なる社会的発明は、まだ出てきていなかった。
生産の3要素
・「 土地・労働・資本 」といった生産を行うための基本的要因が、まだ存在しなかった。
・だから、それらが、市場システムによって配分されることもなかった。
・「 土壌・人間・道具 」という意味での「 土地・労働者・資本 」なら、社会が存在する限り、常に存在していた。
今日、労働市場といえば、各人が自分の労働を高く買ってくれる相手に売る場、職探しのネットワークのことである。
【 中世の時代 】
■土地
- 自由に売買できて地代を生む財産という意味での土地は存在しなかった。
- 屋敷・荘園・両地というような土地はあったが「 必要に応じて売買される 」という私有地の意味ではなかった。
- 土地は、社会生活の基盤であり、権力・地位・名声の根拠を与えるものであった。
■労働者
- 労働が売買の対象として市場に入ってくることはなかった。
- 人民の大半である農奴は、領主の畑を耕し、戦争になると兵士として領主に仕えていた。
- 農奴の労役に対して報酬が支払われることはなかった。
- 労役は農奴としての義務であって、自由な契約を結んだ者の労働ではなかった。
■資本
- 資本はあっても、新しい積極的な用途に投じることはなく、安全第一とされた。
- 生産技術の面でも、最も短く最も効率のよい工程ではなく、最も長く最も多くの労働を用いる工程が、正しいとされた。
- 効率性は、富の集中を認めることになるので、悪しき先例となるとされた。
市場システムが存在しなかったので、社会は慣習や伝統によって動いていた。領主が命令を下し、生産活動を行い、命令が下されないところでは、昔からのしきたり通りの決まりきった生活が繰り返されていた。
「 世の中を説明する 」と言っても、領主や教会で定められている決まりや人々の終生変わらぬ慣習を見ると、すぐわかってしまうような状況にあって、需要と供給・費用・価値に関する抽象的な法則を探る者が、現れるはずがない。経済学は必要とされていなかった。
中世の時代では「 革新的行為は平穏な産業を脅かすものだ 」として、不法行為とされた。人々は、変化と革新に対して畏怖し、必死に抵抗していた。
「 市場を創出しよう 」とする大いなる諸力は、抑えつけようとして抑えられるものではなかった。その諸力は、保守派の抵抗を踏み越えて、慣習や伝統を覆した。
- どんな強い力がはたらいて、心地よい安定した社会を壊し、代わりにこの新しい誰も望まない社会を創造できたのか?
何か一つの特定の大きな要因にがあったわけではなく、内在する力から生じた変化、それも多面的な変化の積み重ねの為せる技だった。
経済革命をもたらした4つの潮流
① ヨーロッパにおいて、国家的政治単位が徐々に出現してきたこと
商人を悩ませてきた無数の規制や取り締まりがなくなり、それに代わって、国家の定める法律・共通の計量単位・基準化された通貨制度が生まれた。
コロンブス
コロンブスのこの所感は、当時の世相そのものであり、それがまた、利得と機会を志向し、金銭を追い求めることで活性化されるような社会の到来を早めた。
② イタリア・ルネサンスの懐疑的・探究的・人道主義的なモノの見方の影響で、宗教精神が次第に薄れてきたこと
プロテスタンティズムの台頭によって、宗教の許容範囲が変化した。プロテスタンティズムは、労働や富に対する新しい姿勢を奨励した。蔑視されていた商人の地位が、再評価された。
プロテスタントの指導者は、宗教的生活と世俗的生活との融合の道を開いた。世俗的生活から離れ、貧しさに耐えつつ宗教的瞑想に耽る生活を賛美するどころか、神から授かった自分の才能を日々の務めに最大限活用することが敬虔であると説いた。富の所有欲が認められ、美徳となった、個人的な享楽のためではなく神の御心に沿ったものであるが。
市場システムが浸透するには「 市場に依存するやり方は無害どころか有益なのだ 」という事実を宗教的指導者が認識するようになることが不可欠であった。
③ 物質的な側面においても、大きな変化の潮流があったということ、そして、それが結局、市場システムの実現を可能にした
文明の発展が、貨幣や市場への親近感を持たせ、売買に基づいた生活様式を培ってきた。この変化の間に、権力は、貴族から商人へと自然と移管されていった。
この緩慢なる貨幣化の進展の他に、技術的に進歩があった。貨幣計算の技術が発達し、金銭勘定が、合理的に行われるようになった。
④ 科学的好奇心の勃興によって効果が浸透した。
印刷機・製紙工場という多くの発明が後押しした。発明という観念そのものが定着し、実験や創意工夫が、初めてポジティブに捉えられた。
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これらの4つの潮流が単独で作用しても社会を変化させることはできなかったであろう。
市場システムの誕生
- 歴史は急激に変化するものではなく、すべてが大変革を遂げる場合も時間をかけて、不均等に進展していく。
- 市場的な生活様式が現れてきた当初は、以前の伝統的な生活様式と併存状態だった。
- 慣習や伝統の社会は終わり告げようとし、それに代わって社会は新しい方向性を示しはじめた。
「 利得に勝る法はなし 」
「 利得は商業という円の中心 」
- 経済人という新しい観念が登場する。
- 市場システムの誕生である。
- 生存の問題は、慣習や命令ではなく、市場そのもので結び付いた、利潤を追求する人々の自由な行為によって解決されるようになった。
このシステムこそ資本主義と呼ばれることになる。このシステムの基礎となっている利得の観念は、まもなく「 人間の本質である 」と言い切るまで根付くようになる。
人間という動物は、自意識過剰である。人間は自分の今住んでいる社会こそが存在しうるすべての社会の中で最善の社会であると捉える。
アリストテレス
哲学は、商人の野心ではなく、王権神授説を巡る議論、及び、王権は、世俗的権力か宗教的権力かという問題にフォーカスしていた。
富を求めての闘争が普遍で、社会に必要不可欠になるまでは、富に関する哲学は無用だった。
新しい哲学は、金市場の独占ではなく「 もっともっと多くの富を創り出す 」という目的のために「 商人階級に手を貸してその仕事を推進するにはどうしたらいいか 」であった。
新しい哲学は、新しい社会問題を呼び起こした。「 どうすれば貧民を貧民のままにしておけるか 」という問題である。
バーナード・マンデヴィル
人間は、自分の住んでいる世界を理解する助けとなるよう、何としてもある種の知的な順序付けをしようと試みる。経済の世界の到来である。
アダムスミスの国富論以降、人々は、自分の住んでいる世界を新しい目で見るようになった。人々は、自分のやる仕事が、どのようにして社会全体に適合していくのかを知った。
世俗の思想の終わり?
表面上の多様性をあまり強調しないで、共通の構造的な核を追求する。
社会体制が、資本主義になり、物的生活を組織する手段は、経済、その新たな説明のシステムは経済学という。
① 生産や分配を組織する主要な手段となった。
② 社会の物的なニーズを満たすようになった。
③ ニーズ獲得への欲求に依存するようになった。
④ 生産の指示と分配のパターンを市場に委ねた。
⑤ 全体の指図を二つの権威に置く。
公的権威と私的権威である。
公的権威:政府は、法を制定するが、生産や分配を遂行することはできない。
私的権威:個人は、生産や分配を用いて、利潤追求に励む。
経済学の目的は、資本主義の理解の助けとなる。
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