自転車から思考する時間の意義

資本主義

自転車から思考する時間の意義

2021/4/1

俺の家は、駅から少し遠い。だから、外に出ると、乳幼児連れのママ以外は、ほとんど、自転車に乗っている。

自転車に乗って、時間を節約している。

みんな、必死に、自転車を漕いで、急いでいる。ここは、まるで、モモの世界のようだ。

この世界は、資本主義であり、お金が中心の世界だ。モモの世界は、時間主義であり、時間が中心の世界だ。

自転車に乗っている人は、資本主義の住人であり、時間主義の住人でもある。

確かに、お金と違って、時間は誰にでも平等である。

節約すれば、その分だけ、有意義に使える。

有意義?

自転車に乗って節約した10分は、YouTubeのくだらない動画や、いろんなゲームのログインボーナスに使われる時間は、有意義なのか?

お金持ちは、お金の使い方がうまいという。お金を稼ぐより、上手にお金を使う方が難しいという。

だから、オンラインサロンの運営者は、サロン会員が支払ったお金を、どう上手く使うのかが試される。上手く使えない運営者は、排他されていくだろう。

時間は、誰にでも平等であるからこそ、その使い方が、試される。「何にどれくらい時間を使うのか?」でその人が形作られる。

1日中、テレビを見ている老人は、無意味に命という時間を削って生きているだけである。そのことを認識した上ならば、問題ない。しかし、知らないうちに、テレビに洗脳されているだけである。

「時間の使い方がうまい人は、どういう風に時間を使っているんだろうか?」という疑問が浮かんだ。

この疑問を留めておくことで、無意識下で、脳が勝手に、これまでの捨てていた99%の情報から、拾ってくれる。

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