【映画感想】最強の二人

映画

【映画感想】最強の二人

2021/2/14

見終わった後のモヤモヤ感

ラストシーンで、『この後、2人はそれぞれ、結婚して子どもができた』というテロップか出る。映画の中に描かれない未来なんて、どうでもいい。映画は、ハッピーエンドじゃなくていい。むしろ、悲壮な結末の方が、見終わった後への思考に繋がる。

それ以外にも、モヤモヤ感があるので、言語化することで、モヤモヤ感を可視化する。

映画は、2時間という時間を消費するので、外したくない。外すということは、何かを定義するには、映画を見ることに対して、何を求めているかを明確にしなければならない。

知識の獲得
新しい価値観を見出す
思想の共感
心の共鳴
琴線への触接

最強の2人は、首より下が麻痺しているお金持ちと、その介護者の物語である。お金持ちは、白人で、介護者は、黒人である。黒人は、白人を障害者として扱わず、人として扱う。他の人と同じように、可哀想な人として扱わない。身体に障害があることは、個性というか、その人の特徴の一つとして捉えている。例えば、卵アレルギーで、卵を食べられない人のように。「卵、食べれないんだ、ヘェー」くらいのものである。

障害者は障害者として見られることに、障害者は可哀想であると思われることに慣れている。でも、障害者としてではなく、人として扱われたい。そして、障害者を人として扱う黒人と、共に過ごす物語である。

黒人の知識

黒人は、優しい。もう、底値なしに、優しい。能天気に優しい。そのことをアフリカ旅で、実感として持っている。だから、この映画の世界観は、意外なものではなく、「黒人だったら、納得だな」と理解できる。

アフリカ旅がなかったら、この映画に、障害者と介護者の友情というテーマで観ていて、おもしろかったのかもしれない。アフリカ旅によって、黒人の優しさを目の当たりにしたから、映画の世界が、非現実ではなく、日常に続く現実の世界に降りてきた。だから、そこに新たな感動がなかったのであろう。思想の共感はあったが、新しい価値観は見出せなかった。思想の共感は、心の共鳴には、程遠かった。原因が言語化された、映画のモヤモヤ感が可視化した

最強の二人

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