思考を奪われる世界

湯浅

思考を奪われる世界

2021/4/26

ブログの本質

ブログをはじめることの本質は、客観性を獲得することである。

何かわからないことがあった時に、我々は、ググって調べる。その時のわからない内容によっては、ブログが表示されることがある。あまり意識していないかもしれないが、実は、誰かのブログに行き着くことはよくある。

これまで、そこで得ていたのは、「わからないことの答え」であった。「答え」を見つけにいっていたのだから、当然である。

しかし、ブログをはじめることで、わからない答えを見つけるだけでなくなる。ブログの構成や広告、収益期の仕組みを観察するようになる。

「ブログはわからないことの答えが書いてある」という知識、アウトプットの存在から変容する。検索してヒットしたということは、ブログは収益を生み出しているはずである。ブログは、その収益構造を知るインプットとしての存在に変容する。

ブログから獲得したのは、知識と収益構造である。

これまでは、知識だけを獲得していた。収益は、客観性によって生まれる。他人がよいと判断するから、そこに収益が発生するのだ。収益構造を俯瞰することで、客観性を獲得できる。

知識と思考力

知識の獲得に思考は存在しない。ただ、他人の価値観を受け入れているだけだ。

一方で、収益構造の俯瞰には、思考が伴う。
思考することによって、はじめて、そこに新たな価値が生み出される。

逆に、「思考が伴わないということは、無価値である」ということだ。

思考せずに、他人の意見や思想を受け入れることで、どんどん無価値に近付いていく。

  • 人間関係を分断された新しい世界では、
    声の大きい、テレビ、YouTube、その他のメディア
    声の大きい人、著名人、インフルエンサー
    そういった声の大きさで、大衆の思想が形作られていく。
  • 人間関係を分断された新しい世界では、
    スマホへの依存度は増すばかりである。そして、スマホの様々なアプリからの通知によって、思考は閉ざされていく。

新しい世界は、「人から思考を奪おう」としている。人から思考を奪ったら、「自分で考えること」を奪ったら、それは、ロボットである。

権力者が、プログラムした通りに動くロボットである。

メディアの思想を受けてモノを購買して
労働して権力者に搾取されて
その繰り返しである
ただ、その繰り返しをするだけなら、ロボットと変わらない

その繰り返しから、逃れるためには、思考することだ。

思考を奪われていけない。思考することでしか、新しい世界の扉は開かない。

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