【閲覧注意】!!不要な情報の可能性!!〜知識は過多は不幸を招く
2021/3/16
知識とは、あればあるほどいいと思っていた。自分の世界は、自分の小さな価値観でできている。世界に絶対の真理など存在しないのだ。
名著『知的生活』著者PGハマトン
新しいことを学べば、それは、自分の知性全体に影響を与えるので、知識が多ければ多いほどいいというわけではない。むしろ不必要な知識の獲得によって、才能が退化することもある。
ある風景画家は、地質学に興味を持ち過ぎたために、本来あった、絵画的な魅力が失われてしまい、専門書の冊子のような絵しか描けなくなった。
仕事には「知識があるからできるもの」と、「無知が故にできるもの」とが存在する。
健康情報による弊害
今、湯浅は、健康の重要性に目覚め、健康についての情報を収集している。
<結果>
「ソーセージやハムなどの加工肉が、体によくない」という情報を得てしまう。
ソーセージやハムが好きなのに。「揚げ物が、体によくない」という情報を得てしまう。
「揚げ物が、嫌いな人はいない」という幻想を信じているのに。
ソーセージやハムが好きなのに。「揚げ物が、体によくない」という情報を得てしまう。
「揚げ物が、嫌いな人はいない」という幻想を信じているのに。
その情報を得るだけならば、問題ないのかもしれないが、実際には、その情報は記憶に刻み込まれている。
だから、ソーセージやハムやハムカツやトンカツや唐揚げを食べる時に、その記憶が邪魔をする。
プラシーボ(偽薬)効果は、実際に、「実験で効果がある」と証明されている。偽薬でも、「薬だ」と信じていれば、健康になることがある。
そして、加工肉や揚げ物は、逆プラシーボ効果となる。「体に悪い」と思って食べてしまうことで、本当に体に悪い影響を与えてしまう。
知識の獲得によって、美味しいものを最大限に、楽しんで食べることが失われた。
そこで、湯浅は、相反する。
「体に悪いかどうかは人によるから、一概に、全員に必ず悪い」とは言えない。
加工肉や揚げ物は、食べると美味しいから、幸福度が増すから、むしろ、健康にいい、食べ過ぎなければいい。
相反しないと、自分の中で矛盾が生じて、自己肯定感が失われてしまう。
知識は、時に、諸刃の剣となる。
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