痩せ過ぎて、心配される問題

健康

痩せ過ぎて、心配される問題

2021/11/1

それは、「標準体重に戻っただけ」だけど、太っていたときからの落差は異常で、人に「変だな」という印象を与える。

前は、ふっくらしてたのに、会ったらすごく細っそりしている。

「何かあったのかな?大丈夫かな?」

心配が走る。

それが太ったなら、心配しない。
痩せてるなら、心配する。

痩せてることは、飢餓の特徴である。

私たちは、生きながらえたい。

人類は、ムラ社会で暮らしていて、ムラで飢餓をなくすように、生活してきた。生きて活きてきた。それが生活だから。その中で、他人と協力する術を知った。
 
俺はコレが得意だから、お前は「お前の得意なことをしろ」ってなったのが、もともとの仕事の始まりかもしれない。
俺にはうまくできないけど、俺より得意なやつがいる、あいつに任せよう。任せる事が任事となった。
 
そして、それを権力者が変えた。任事を仕事に変えた。
 
任せる事から、「一」を引いて、仕える事にした。「得意なやつに任せよう」が、「権力者に仕えてやる」ことになった。そこで、引かれた「一」とは、自主性である。得意なことをやる行為から、内発的動機が奪われ、ただの単調な作業、権力者から指示される仕事になった。
 
もともとは、「人より得意なことをやる行為」だったことを「命令されてやる作業」に、任事を仕事に変えた。任事は得意なことをやる行為から、支配者の命令を聞いてお金を稼ぐ手段の仕事へと転落した。
 
私たちは生きながらえるために、毎日、仕事をする。仕事で稼いだお金で消費を繰り返しながら、生きている。お金によって、飢餓を喪失させてきた。だから、痩せていると「お金がないのかな」と心配される。
 
途上国では、「豊満な身体こそが、富の象徴である」という文化もあるくらいだ。私たちは、見た目で判断してしまう。しかし、本当のお金持ちは、健康に気を使っているので、スリムな体型の人が多い。先進国では、豊満な身体は富の象徴などではなく、肥満という病気だ。健康には、体重のコントロールは必須だ。

でも、やっぱり、そうやって心配してくれる友達の存在は、ありがたい。自分の変化を認識してくれている友達の存在は、嬉しい。

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