財布を失くしたことによる変容1/2

お金

財布を失くしたことによる変容1/2

2021/2/28

お金の価値

お金は貴重だ。
お金とは、労働の対価で得る。

労働とは、自分の時間を費やすことである。自分の時間には、限りがある。

死ぬまでの時間が、自分の時間である。
つまり、自分の時間とは命である。

人は、自分の時間を、お金に変えて、生きている。

お金とは、そういう存在なのだ。

お金を抽象化した言葉がある。

お金が全てじゃないが、全てにお金が必要だ
by 闇金ウシジマくん

一言で、お金の本質の全てを表している。お金がなくて困ることはあっても、お金があって困ることはない。

貨幣とは鋳造された自由である
by ドストエフスキー

お金があれば、好きなものを買える。何でも好きなものを食べられる。仕事をしないという自由も選べる。どこにでも住める。どこへにでも行ける。

この世界は、資本主義だ。お金のない国は存在しない。お金さえあれば、どの国でも、宿に泊まることができるし、ご飯を食べることもできる。

お金さえあれば、自分の時間を全て、自分の自由に使うことができる。

自分の時間をすべて自由に使うことのできるというその極地を、経済的自由という。

現金の価値

お金には価値があるが、現金には価値がない。

現金という字は、お金を現したものである。お金という概念を人が見えるような物理な形に現したものである。

お金とは、ただの数字であって、概念である。労働の対価である給料は、銀行の数字が増えるだけである。

一万円札は、22円である。一万円札は、ただの紙であり、一万円札に10,000円の価値はない。ただの紙に、日本国という信用をのせたのが、紙幣である。紙に国の信用がのると、一万円札に価値が付随する、10,000円の価値と交換できる紙幣に昇華する。

だから、お金には価値があるけど、一万円札という現金に価値はない。一万円札は、お金を人々が交換しやすくしたものである。

それが、お金とは、ただの数字だから、クレジットカードが誕生した。「銀行口座の数字と紐付けられたカードがあれば、物理的な現金をやり取りする必要はないよね?」それが、クレジットカードである。

そして、クレジットカードも、物理的なモノであるカードである。「お金とはただの数字だから、銀行口座の数字と紐付けられれば、クレジットカードも必要ないよね?」電子マネーの誕生である。

現金という物質から、クレジットカードというカードになり、電子マネーという数字になった。お金が、本来の姿に近付いてきた。

現金不要論

お金はただの数字であるから、「現金なんてなければいいのに」と考えている。現金不要論者である。ただ、日本は、現金大好き国民である。それは、ATMが、どこにでもあるからだ。まず、24時間開いているコンビニが至る所にある国なんてそもそもないし、その24時間開いてるコンビニに100%ATMがある国もない。

だから、日本の現金信仰の力は根強い。

世界の国々では、その国の通貨を、一度も使うことなく、クレジットカードだけで過ごせた国がたくさんある。

中国人の旅行者なんかは、クレジットカードですら、持たない人もいるから、世界中の大きな観光地付近では、中国の電子マネーが使える店もある。偽札が横行する国が、クレジットカードの審査が厳しい国が、電子マネーへというニーズにマッチした。電子マネーというお金の変容は、中国国民の信用を数値化するといった国策も大きく関わってはいるが。

お金が変容していく中で、現金の価値が逓減していくのは、当然だ。

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