変人と、愛する人と

湯浅

変人と、愛する人と

2021/1/10

俺は自分が変わっていることを自覚している。変人と言われるのは、むしろ褒め言葉である。俺だけでなく、もちろん、弟も変わっている。それはそうだ、同じ親で同じ環境で育ったのだから、変わってないはずはない。

弟と呑んで、やっぱり、2人とも変わってるなーということを実感する。そして、弟より、俺の方が変わっていることを実感する。

経歴的には、弟の方が変わっているけど、俺の方が、まともに見えるかもしれないけど、人間的に、やっぱり、俺の方が、人と違うだなと感じる。

それは、俺があまりにも他人に興味がなさ過ぎることである。人は、社会性の生き物というくらいだから、社会性は生きいく上で必要なものである。社会性とは、つまり、他人とのつながりである。他人に興味がないから、社会性にも興味がない。

芸能人の不倫を叩いている人のことが、本当に意味がわからない。その時間無駄じゃない?としか思えない。

TikTokのコメントでディスってくる人も、なんで、俺という他人のために、そんな自分の時間を使うのか、意味がわからない。

自分の時間を使って、他人を否定しても、何も生まれない。時間の無駄でしかない。

という風にしか思えないのは、社会性の欠如の現れかもしれないが、本当に、他人のことは、どうでもいい。

誤解を恐れずに言えば、友達のこともどうでもいいし、家族のこともどうでもいい、いや、娘のことはどうでもよくない。娘以外の家族のことはどうでもいい、極論は、自分と自分が生み出した娘以外は、どうでもいい。

それは、『俺が1番大事なのは、娘であるということ』で、こんな時代なのだから、大事なものをきちんと明確にしておくということ。

否、昔から、俺は、モノゴトに優先順位を付けてきた。キチンと数字を付けて管理していないと、何が大切なのかを見失ってしまう。わからなくなってしまう。

何が起こるかわからない時代だ、自分が大事なモノを明確にして、自分が大事なモノくらい守れる強さを得る。自分が愛する人くらいは、守りたい。もっと言うなら、愛する人が、自分自身を守れる強さを身に付けるようにしたい。

そのために、できること。
諦めないで、できることを考えていくこと。
自分にできることを考えて行動すること。
行動の源泉は、不安じゃなかった。

自分勝手な愛だった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました