インターネットとは?

社会

インターネットとは?

2021/4/3

インターネットの本質

人は、いろんな情報に触れながら生きている。情報に触れずに生きていくことなんかできない。

昔は、人から人へと情報は伝播していった。人と人とが会って話すことで、情報は拡散していった。

今も、人から人へと情報は伝播しているが、会って話す必要はない。インターネットというツールによって、情報は拡散している。

情報が無料で簡単に手に入りやすくなった現代においては、情報の価値は低下したのか?

否、インターネットで、触れられる情報の多くは、資本主義社会である以上は、購買意欲をそそる情報である。

インターネットで、情報を得ているようで、その実は、購買意欲を高める情報を得ている。

ニュースで報道されるのは、今流行りの商品、流行りの店などの購買意欲をかき立てる情報である。

そして、インターネットの情報に触れるには、多数の広告も同時に、触れる必然がある。

何かを売らないと、資本主義経済は、循環していかない。

かんたんに、なんでも調べられるのが、インターネットである。しかし、いつもどこかで、誰かが何かを売っている情報を意図せず受け取っている。これがインターネットの本質である。

情報による思考の変容

インターネットによって、知へのアクセスは、容易になった。今では、かんたんに、様々な情報にアクセスできる。

ただ、情報に触れてしまうと、その情報によって、思考が変容する。ということに気を付けなければならない。

情報に触れた瞬間には気が付かないかもしれない。そして、その情報のことを忘れてしまっているかもしれない。

こうやって、文字を綴っていると、ある時、知らないうちに、無意識のうちに、本の内容を書いていることがある。

読んだり聞いたりした本の内容が、無意識のうちに、意識化に刷り込まれていたのだ。そして、ある時、それが、自分の思考の断片として、突如、現れる。文字として、可視化される。

知らないうちに、自分は、もう、どの本か忘れた本から影響を受けている。本の内容が入力され、脳内で思考され、文字として出力されるほどに。

情報の取捨選択

情報過多の時代だ。たくさんの情報を得ることが容易になったからこそ、その情報に惑わされることも多くなってきた。

現代の情報量は、人の脳のキャパシティを超えている。情報量が多過ぎて、脳が、もう、情報を処理できないのだ。

そんな情報過多の時代に、取るべき手段は、情報の制限である。自分とは関係ない情報が溢れ過ぎているから、自分と関係ない情報は遮断するのだ。

必死に、ニュースなんて見なくても、別に、困らないのだ。ニュースを見たからといって、ニュースがお金を運んできてくれる訳じゃない。むしろ、その情報は、資本主義的情報なので、お金を連れ去っていく。

価値ある情報

質のいい情報に触れることである。本当に価値のある情報は、無料ではない。本当に価値がある情報が、無料な訳がないのだ。

1番、かんたんに、質のいい情報に触れるためには、本である。

本の中でも、良書と言われる本である。何が良書なのかは、人によって異なる。だから、様々な本を読んだり聞いたりすることで、自分の中の良書を探していくしかない。

良書を探すのが、難しい場合には、古典である。昔から、読み継がれてきた本は、真理がある。真理がなければ、そんなに長い間、読み継がれてこない。今も、昔も、人の悩みは、だいたい同じだ。その悩みの解答が、本質が書いてあるから、古典は、時代を超えたのだ。

情報の出力

上記の情報もまた、様々な本から影響を受けて、湯浅の思考から編み出された情報である。価値ある情報を得るだけでなく、こうして、その情報を出力することで、情報の整理、集約が行われる。

情報は、自分のために、きちんと整理して、棚に入れて、いつでも取り出せるようにしておくことで、その価値は、保たれる。

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