若者たちは、どこへ向かうか?

悩み

若者たちは、どこへ向かうか?

2021/2/27

スマホを、持ってない若者なんていない。スマホは一人一台の世界である。

スマホは、便利だ。

わからないことがあれば、すぐに正解を教えてくれる。その正解というのは、多くの人が信じている情報であるが。多くの人が信じしている情報が『知識』である。知識へのアクセスが容易になった現代社会では、知識の価値は、相対的に低下してきている。

調べれば、かんたんにわかることの価値は低いが、そこに、思考が絡むと知識の価値は高くなる。

例えば、「大化の改新が、何年に起こったのか?」ということの価値は低い。そして、「大化の改新は、なぜ起こったのか?」その時の時代背景や、人間関係も踏まえて、わかりやすく説明できるなら、価値は高い。それは、そこに、暗記だけではなく、思考というプロセスが組み込まれているからだ。

だとするならば、現代の教育は、これまでの同じ詰め込み型教育は、時代に適さない。暗記型教育は、ロボットのような兵隊の造成が、目的であった。

戦後の高度成長時代には、ガムシャラに真面目に言われたことを正確にこなすサラリーマンが重宝された歴史がある。だから、現代の教育は、そのための手法である、詰め込みが暗記型教育である。

しかし、現代では、暗記型知識の価値が低下し、自分で思考する能力の価値にシフトしてきている。言われたことを正確にこなすのであれば、Aiの方が精度が高い。自分で思考して、付加価値を付けることが、求められている。

一方で、学校の授業の多くは、かんたんにアクセスできる知識である。
現代の企業が求める人物像と、学校教育のズレは大きくなるばかりである。

これまでは、ロールモデルがあった。偏差値の高い大学へ行き、有名で大きな会社へ入ることがいいとされてきた。

今では、スマホ一つあれば、子どもでも、お金を稼げる時代である。

もはや、そんなロールモデルが時代遅れであることは、明白である。

様々な知識にかんたんにアクセスできるということは、様々な価値観に触れることでもある。そうすると、様々な選択肢があることに気付く。

インターネットによって、世界が一つにつながった、そこには、多様性が生まれる。多様性は、さらに選択肢の幅を広げる。

そんな中、選択を迫られる。

そして、そこで、必要なのは、選択だけではないのだ。

無限のような選択肢から、自分で選ぶ力自分で選んだものを試す力自分で試し他結果を判断する力自分で判断したものを継続する力が必要とされているのだ。

そんな時代に、若者はどうやって歩いてくかを自分の意思で、決めなければならない。そして、その下の世代である今の子どもたちは、さらに変化した世界を歩くことになるだろう。

そのために、大人ができること、自分ができることを、思考して行動する。それが娘の養育の全てを母親に託した、父親の懺悔である。

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