なぜ勉強する必要があるのか?~勉強の意味、本質、その答え

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なぜ勉強する必要があるのか?~勉強の意味、本質、その答え

2020/7/31

勉強の本質

勉強っていうとネガティブなイメージの人が多いとおもう。それは、多分、小さい頃から、「勉強しなさい」って言われて、育ってきたからだろう。人に言われてやることは、誰しも嫌なのである。

一方、自主的にやることは、楽しいことである。湯浅は、どちかと言うと、勉強って、楽しいの方が近い。「勉強しなさい」って言われたことはない。言われなくても、やっていたからだ。

湯浅は、覚えてないが、親から聞いた話しだと、
小学校3〜4年の頃は、授業でわからないところがあると、職員室に聞きに行っていたようだ。

この本質は、マジメではない。

自分が、理解できないことが、納得いかないのだ。人がどうとか、知らない。湯浅は、わかないことを、そのまま、わからないままにしておけないのだ。なぜなら、スッキリしないから、モヤモヤするから、その状況が、ストレスだから、解消しようとするのだ。
それは、友達と遊ぶより、テレビゲームをするよりも、優先度が高いことだったんだろう。

あくまで、自分が主体である。

俺は、お金持ちになる

小学校高学年になると、もはや、目標は、東大である。なぜなら、金持ちになりたかったから。

家は、決して裕福な家庭ではなかったけど
貧乏なおもいは、したことがなかったけど(貧乏だと感じてないせいかもしれないが)
今、考えると、両親が喧嘩するときは、お金の話だったような気がしないでもない。

でも、小学校高学年の湯浅は、お金持ちになりたかったし、そのためには、日本一の大学である東大に行けばいいと考えていた。

そして、理系の科目は、論理的だから、とても好きで楽しかったんだと思う。
ただ、文系の科目は、暗記とか、国語とか、嫌いだったのは、覚えている。

しかし、中学生になるとそんなことも言ってられない。文系の科目も、勉強しなければならない。でも、文系の科目をなんとか勉強できたのは、湯浅は、ゲームのハイスコアのように、テストのハイスコアを作ることが楽しかった努力しただけ、点数に跳ね上がるから、その数字を上げることが、ただ、楽しみの1つだった。文系の科目の内容は、つまらなかった記憶がある。

そして、高校時代は、目標が東大だけあって、そりゃもう、命と時間を削って勉強した。人生で1番勉強した青春時代である。

人の気持ちより、自分の損得

相変わらず、職員室に通う日常。
教え方が、湯浅に合わない先生Aがいたから、湯浅に合う先生Bに聞きに言ってた。先生Aの授業で、わからなかったところを先生Bに聞きに行くという日々。学年主任の先生Aの机のすぐ隣の上座にある教頭の先生Bに聞きに行く。

昔から、人の気持ちなんて、考えたことがない。

湯浅は、湯浅が、理解できないから、理解する説明ができる優秀な先生に聞きに行く。今、考えると、プレイヤーではなく、マネージャーの教頭に教えを請うなんて、贅沢だし、教頭、優しいなとも思うけど、現場から離れた教頭は、聞きに来る湯浅が、かわいかったに違いない。

教師は、教えたい生き物なのだから。

そんなこんなで、高校時代、3年間無遅刻無欠席どころか、全ての補習にて、学び倒す日々。湯浅は、誰よりもマジメだった。
でも、多分、誰よりも勉強したわけではなかった。だから、東大というか、そのときは、国語ができなさすぎて、もはや、日本一諦めて、日本二の京大になってしまっていたけれど。

はじめての大挫折

そして、満を持して受けた、日本二の京大に落ちるわけである。
高校生活全てをかけた3年が、小学生から高校までの目標が潰えた瞬間である。

はじめての挫折である。

「あぁ、あと1年か、浪人かー」と考えていたが、滑り止めの大学に受かると、
「3年間、本気でがんばった。浪人して、あと、1年がんばれない。もう、限界。」
って思って滑り止めの大学に行く。

大学生活、社会人生活

そこから、特に、勉強することもなく大学生活を送る。
高校時代で、勉強し尽くしたから、勉強する気なんてないからだ。

そして、座学ではなく、バイトで、お金を稼ぐ現場で、様々なことを学ぶ。それは、社会性の学びではあるけど、知識ではないから、勉強ではない。

大学を卒業し、就職して、仕事も、社会性も学びつつ、資格の勉強して、資格取ったりする。
ただ、それは、仕事において、必要な知識を得るための勉強である。
そのうち、仕事に必要な本は読むけれど、いわゆる、勉強らしき勉強をせずに過ごしてきた。

そして、現在

今、無職40歳、勉強にハマっている。勉強というよりも、知的好奇心を満たすことにハマっている。自分の興味があるいろんな分野の本を読んで、知識を得ている。

国語、数学、社会みたいに、分断された世界ではなくて、学んでいるうちに、違う科目で、同じ内容が出てきて、それは、科目に捉われない事象は、真理であるとこを知る。そんな、科目を超えて、繋がっていくってことは、学びは、やがて、収束するんだろう。

知的好奇心を満たすことこそが人類の至高

そして、世の中は、学ばない人は、置いていかれるという現実を知る。

学んでいるから、成功するのだ。
学び続けているから、成功するのだ。
成功者は、死ぬほど忙しい中でも、学び続けているのである。

学ばないことは、自分の人生の放棄だと
学び続けることが、即ち、成功者への道だと

小中学校の勉強って、勉強する内容じゃなくて、
生きていくには、勉強が必要だよって、
その勉強する内容は、お前の人生の歩き方次第だよって、
いずれにしろ、勉強しない人は、学ばない人は、淘汰されていく世界だよ。
だから、生きている限り、学び続けようね。という真理

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