【本要約】「宗教」で読み解く世界史

【本要約】「宗教」で読み解く世界史

2021/10/17

宗教とはツール

宗教が「勢力をどのように拡散させていったのか」を考える。

宗教が「人々を救済に導く」といった性善説では、宗教の本質を捉えることはできない。

  • 宗教は、他者を従属させる機能を持つ、ツールである。
  • 宗教は、文明の基盤である。
    文明は、自己と他者を分ける。
    日本文明と中国文明の差を考えるときに、宗教は欠かせない。

国家以前の宗教

そもそも国家以前に宗教がある。

【支配者の支配のツール】
・ハードツール
 領土と資源 ( 物的資源・人的資源 )
・ソフトツール
 目に見えない宗教

人間は、個人・部族・民族の単位ではバラバラな存在だが、宗教によって思考や思想を共有し、ひとつの価値理念に向かって協働することができる。宗教の持つ協働作用は、人々を統合するだけでなく、他勢力を取り込むためにも利用された。「協働作用を使いこなした支配者は栄え、使いこなせない支配者は滅びる」というのが歴史である。

有能な支配者は、領土を拡張すること以上に、宗教を拡張することに注力して、協働者を増やし、被支配者として取り込んだ。宗教勢力の攻防こそ、歴史の本源であり、国家の攻防は、それが表面に現れたにすぎない。国家以前に宗教がある。

宗教と歴史

宗教と歴史の関係

キリスト教は、ローマ帝国の統合に利用されていた。キリスト教の宣教師たちは、世界各地で布教を行い、「人々を救済する」という建前を説いていた。実質的には、侵略の先兵として、公然と工作活動をしていた。

豊臣秀吉や徳川家康は、キリスト教の布教を禁じた。

明治政府は、開国とともに、キリスト教の布教を黙認した。キリスト教に対する防御策として、日本古来の天皇を中核とした神道を事実上の国教とし、国内の民族主義を推し進めた。

アジアの現在の情勢では、中国共産党がウイグル人のイスラム教や、チベット人のチベット仏教に対し、宗教弾圧を加えている。

宗教や民族の異なる勢力を自勢力の支配領域に組み込むとき、歴史上の国家は共存共栄の協調政策を取った。イスラムのオスマン帝国は、キリスト教徒やユダヤ教徒に対して、信仰の自由を認めた。宗教寛容が失われるとき、必ず、激しい内戦が起こり、被弾圧者は分離独立していく。

宗教は、古今東西、支配のツールとして、政治的に利用された。

中国人は、古来より、農村社会を背景とした農耕民族である。農村社会にふさわしい規律や規範意識を説く儒教が、民族の思想として受け入れられた。「支配者や年長者を敬い、約束を守り、共同体に従順となる」といった農耕に適した思想が、儒教によって育まれ、個人主義や個性を排除した。中国人の共同体意識は農耕社会を営んできた日本人にそのまま当てはまる。

神道

キリスト教は、16世紀に日本で布教されたが、宣教師ザビエルは、「日本人は知的水準が高く、布教が難しい」と記している。日本人は、全知全能の神という表現に対して質問攻めにした。

  • 全知全能ならば、なぜ苦しんでいる人間が多くいるのに救われないのか?
  • 全知全能の神が、なぜ悪を退治することができないのか?
  • 神を信じるものだけが救われるならば、自分たちの先祖はどうなるのか?

日本人独自の信仰である神道は、「自然すべてに神が宿る」と考える。自然や動物など、自分の身の回りに存在する実在を通して神を見る世界観がある。一神教のように人為的に作り出された絶対神だけを信仰することに抵抗がある。

神道
・人為的成文がない … 聖典・教義・戒律がない
・人為的組織がない … 教祖・制度・教団がない

本源的に人為性が含まれるのが宗教なので、人為制がない神道は宗教という概念で捉えることはできない。

神道は、日本人の精神文化の蓄積としての哲学や世界観である。

日本は独自の神道という文化を持ち、その最高祭祀者である天皇を戴(いただ)くことによって、古来から、大陸の中国王朝に対抗した。

天皇の始祖は、天照大神とされる。天皇は神ではないが、神の子孫という神話を内包する存在である。神話のストーリーが天皇家発祥に結び付けられていること自体は事実である。天皇は人として生まれながら、神に最も近い存在と歴史上、見なされてきた。天皇は、神に国家の繁栄と国民の幸福を祈り、人間世界を代表して、神を祀る最高祭祀者である。神と人間との接点になりうる霊的な存在として信仰され、この霊統を継承することが重要な使命とされる。

天皇家の始祖である天照大神をはじめとする自然神を日本人は信仰し、神々を祀るために神社を建立し、参拝した。これが神道である。

日本人は農耕民族であるため、「自然に生かされている」という意識を持ち、自然を神と畏敬し、崇めた。自然神を祀る存在が天皇であり、天皇を中核として神道による自然信仰が普及した。

天皇を戴(いただ)くことにより、中国王朝に政治的に対抗した日本は、中国発祥の儒教文化を、その他の中国文化と共に柔軟に受け容れてきた。儒教文化は、儒学 ( 道徳的部分 ) と、儒教 ( 宗教的部分 ) に分けられる。

儒学については、年功序列などの日本人の生活・社会全般に浸透している。

明治時代に入り、新政府は天皇を中心とする新国家体制を整備し、日本固有の神道によって国民の精神文化をまとめていこうとした。新政府は、神道を国家権力の保護のもとに置き、事実上の国教とした。国民は神道に基づく倫理道徳を共有し、天皇を現人神(あらひとがみ)として、近代化に貢献した。

第二次世界大戦後には、GHQが「天皇を神とすることを禁じる」として、天皇に「人間宣言」と呼ばれる詔書(しょうしょ)を求めた。詔書で、天皇は「自らが神であること」を否定したが、神話の神の子孫であることを否定したわけではない。昭和天皇自身は、自らを『神』と言ったことはない。

道教

道教は、儒教や仏教と並び、中国3大宗教のひとつである。道教の開祖は老子である。老子の言行録である『老子』では、孔子の説く仁や礼は人為的なモノとして否定され、「無為自然」が説かれる。これは、世俗の欲を捨て自然に同化する姿勢である。老子の思想は民衆に受け入れられ、道教として発展し、老子は道教の祖として神格化される。道教は自然神信仰の多神教である。

多神教の神の中には三国志の関羽がいる。関羽は、不当に高かった塩を密売し民衆に安く売った。密売で民衆を救った関羽は義の神とされ、商売の神として祭られる。華僑が商売の成功を願い、中華街などに関帝廟を建立した。関帝廟は、道教の一形態である。

ヒンズー教

インドでは、ヒンズー教の信仰と共に、極端な身分制を強いるカースト制が残っている。

カースト制は、過去の支配者が、社会の統治のために、生み出した。
そこで、カースト制への反発が元になって、仏教が生まれた。

【インドの歴史】

インドは部族社会であり、小王国が各地に割拠していたが、やがて、統合されていき、統一王朝が生まれる。統一王朝は、仏教を国教とした。

ヒンズー教ではなく、仏教徒を国教としたのはなぜか?

ヒンズー教は多神教であり、それぞれの神によって、信仰の教義がバラバラであった。一方、仏教は仏陀のみを信仰し、教義も統一されていたから、統治に利用しやすかった。仏教は、難解であったため反発が起き、ヒンズー教が勢力を増していった。

ヒンズー教は、極端な男尊女卑で、女性が社会的に保護されていない。そのため、インドではレイプが頻発しており、社会問題化している。

ヒンズー教に限らず、宗教は、野蛮で偏狭な狂気をその内部に蓄積していることがある。しかも、それらは、宗教という独特の閉ざされた空間の中で、盲信され、おぞましく歪められた形で現れることがある。宗教が持つ集団ヒステリックの側面が、非合理なモノを無批判に正当化する。

仏教

  • 釈迦 ( ブッダ ) が仏教の神ではない、ブッダは神より格上の存在である仏である。
  • 「ブッダ = buddha = 悟りをひらいた者」で、ブッダは尊称である。
  • この世で悟りをひらいた者は、釈迦のみである。
    「釈迦の前に仏なし、釈迦の後にも仏なし」と言われる。

仏は、ヒンズー教の最高神のブラフマンを下位に従えている。仏教では、宇宙の根源者であるブラフマンでさえ、真理を司るブッダよりも下位に置かれる。

・菩薩
釈迦が修行中で王子だった頃の姿で、王子の冠、首飾り、イヤリングの装飾品を身に付けている。
※菩薩とは、菩提薩埵(ぼだいさった)の略で、菩提は仏の悟り、薩埵は求める人(修行者)という意味である。
・如来
釈迦が悟りをひらいた後の姿で、衣をまとっただけの質素な姿である。
※如来とは真如 ( 真理 ) より来現した人
・明王
釈迦が姿を変え、人々を救うため、人々を悪から守るため、憤怒の形相で奮闘している姿である。
仏教の開祖である釈迦は「カースト制を否定し、身分に囚われない、自己の解放を目指すこと」を説いた。

カースト制への不満が高まっていた民衆に、人間の生き方や心得を説いた新しい思考の枠組みを提示し、それが受け入れられた。

宗教と経済成長

ヒンズー教寺院であるアンコールワットを始めとする各地の巨大な寺院の建設が経済成長を促した。建築が公共事業としての意味を保ち、建設従事者の大量動員で、農業・産業・商業などの経済圏の拡大が生じた。

経済成長の恩恵が人々に実感されなければ、宗教は持続可能にはならない。

経済成長を見込んだ富裕層は、積極的に寺院建設に投資 ( 寄進 ) する。富裕層は、年貢 ( 税金 ) とは別に、余剰穀物を王に寄進する見返りとして、王から、様々な商業的利権や土地開発の許可を与えられ、土地所有を保証され、新たな領地を併合していくことができた。王は富裕層から余剰穀物を得て、それを貧困層に支給し、寺院建設に従事させた。

富裕層の投資は、宗教的な一体性の中で、高い信用によって支えられた。また、そのような出資をすることは、功徳として捉えられ、人々の信用を生んでいった。

従来、アンコールワットやピラミッドなどの歴史的建造物は、大量の奴隷を過酷に使役した圧政の象徴のように捉えられてきたが、むしろ、貧困層を救済する政策として捉えるべきなのだ。

キリスト教

世俗支配

ヨーロッパの中世において、キリスト教の教皇や聖職者は宗教世界だけに留まらず、世俗世界に対しても支配権を持った。ヨーロッパの各地域で徴税権を握り、地方政治を取り仕切り、軍隊をコントロールした。

聖職者が世俗的な力を持ったのはなぜか?

それは、聖職者には信用があったからだ。神が絶対であった中世において、神の威光を背景にして聖職者の判断が尊重された。あらゆる分野において、聖職者の判断が求められ、聖職者が、認めたモノのみが正当性を保ち、それを中心としてモノゴトが回った。

法律への影響

近代ヨーロッパの法律は、中世の時代の神定法を基礎として生まれた。罰則という倫理規程を要するモノに関し、キリスト教の思想が反映されている。

日本は、明治維新後、フランスやドイツの法律を持ち帰り、ほとんどそのまま、自国の法律とした。

日本人も、知らず知らずのうちに、キリスト教の思想に大きな影響を受けている。

カトリック(ルター)

キリスト教のカトリック教会は、お金を出して贖宥状 ( 免罪符 ) を買えば「罪が許され、病気から解放される」として、民衆から集金した。

その贖宥状に批判の声を挙げたのがルターだった。

ローマ・カトリックに抗議 ( プロテスト ) したことから、プロテスタントと呼ばれる宗派が生まれた。そして、ローマ・カトリックを旧教、プロテスタントを新教と呼ぶようになる。

プロテスタントは、カトリックの金権体質を批判し、カトリックの支配から脱却しようとする宗教的な改革を行なった。
  • カトリックは、神の教えは教会によって授けられる
  • プロテスタントは、神の教えは聖書によって授けられる。
ルターは、聖書によってのみ信仰は成就するのであり、そこに、教会や聖職者を媒介させる必要はないと主張した。

ルターの主張の背景には、印刷術という新しいテクノロジーがあった。印刷術が発明される以前、聖書は手書きの書き写しで製造され極めて高価であったため、民衆は手にすることができなかった。印刷術の技術革新によって、民衆に聖書が手に入るようになり、ルターは聖書による信仰を主張することができた。

それまでは、神の言葉は、聖職者のありがたい説法によってのみ民衆に届けられていた。印刷術というイノベーションによって、聖職者という仲介メディアの役割が不要となり、神と民衆が聖書を通して直接つながることができるようになった。

カトリック(カルバン)

カルバンは、ルターの思想をさらに推し進め、徹底した教会改革を行い、政治権力を掌握した。

  • カルバンは、宗教と政治が一体となった神権政治と呼ばれる支配体制を敷いた。
  • カルバンは、プロテスタントの教義を禁欲として贅沢を排除した。

その結果、腐敗や汚職が摘発され、街の治安も改善され、財政は規律を取り戻し、失業や貧困も撲滅した。

プロテスタントは、ヨーロッパに広がり、組織の運営に巨額の資金が必要になった。そこで、カルバンは、当時のブルジョワ階級である商人に目を付けた。カルバンは、ブルジョワ階級の商人に向けた新しい教義を追加した。

  • カトリック教義
    金銭を貯め、利益を追求することは卑しい
  • プロテスタント教義
    すべての職業は神から与えられたモノであり、それに励むことで得られる利得は神からの恩恵である
カルバンは「営利蓄財の肯定」を唱え、資本主義を宗教的な立場から擁護した。

近代資本主義が発展すると共に、ブルジョワ商人たちは、富・利益追求を肯定する教義を必要としていた。富や利益を世俗的なモノとして忌避(きひ)し、金銭に携わる商人などの職業柄を蔑視する従来のカトリックの思想に対し、宗教改革を行ったルターやカルバンは「すべての職業は尊い」というプロテスタントの思想を唱えた。

  1. 日常の職業労働に励むことが、プロテスタントにとって、宗教的な勤めを果たすことになる。
  2. 仕事によって得られる報酬は神の恵みである。
  3. 勤労と節約によって蓄財された金銭が資本となり、近代資本主義は発展していった。
  4. カルバン以降、忌避されてきた利子取得を主とする銀行業が、公的企業として認知され、近代的な金融資本が発展していった。
「営利蓄財の肯定」が資本主義の精神基盤となり、ヨーロッパの近代化を支え、資本主義社会発展の原理となった。
【プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神】
日本人は、「労働や経済が、宗教的拘束から解放されて資本主義が形成された」と考えている。マックスウェーバーは「神に与えられた勤労と節約によってもたらされる財が、資本を生む要因となったのであり、宗教と別離した合理主義によって、資本主義は形成された」と主張している。

中世ヨーロッパでは、カトリック教会が利子の徴収を禁止していた。利子は時間によって生み出されるモノであり、利子を取ることは、「神の所有物である時間を人間が奪い取ることである」と考えられていた。

12世紀以降、貨幣経済が広く浸透していくに従って、徴利禁止の規定は形骸化していった。1215年、支払い期日を守らない債務者によって、債権者に損害が発生した場合、利子 ( ペナルティーとしての延滞利息 ) が認められたことが契機となって、利子取得は一般化した。

アメリカ

アメリカ建国した人たちのほとんどは、プロテスタントだったが、自分たちの信仰を強制しようとはしなかった。宗教の強制が対立を生み、国家を分断の危機に陥れる要因になることをよく理解していた。

アメリカ合衆国憲法の第一条において、政府が特定の宗教を国教として定め、これを保護したり、強制したりしてはならないと規定されている。国教制度を憲法で否定すると同時に、信教の自由を保障している。

イスラム教

イスラム人口は、急速に増加し2050年までに30億人となり、世界の3人に1人がイスラム教徒になると見込まれている。

イスラム圏でテロ事件の増加は、イスラム教徒が原理主義化しているからだ。

  • 原理主義者は「イスラムの神が異教に対する戦争を命じている」という曲解を持ち出した。
  • ジハード ( 聖戦 ) が義務付けられていることに、イスラム教徒が覚醒し始めた。
  • イスラム教の権力者は、一般教徒が、ジハードの概念を振りかざし、権力者に反旗を翻すのを防ぐため、ジハードの真実を隠蔽してきたが、もはや、隠しきれなくなっている。

「コーランに書かれていることを文字通り理解すれば、異教徒との戦争が避けられない」という解釈は、典型的な過激主義者のモノである。イスラム教徒の過激派の背景は、イスラム原理主義化が進んでいるわけではなく、貧富の格差の拡大や社会的困窮といった世俗的な要因である。

イスラム国は、他宗教に関しても、税金さえ払えば信仰の自由を認めた。「税金は、異教徒が屈服した証であり、それ以上の迫害は、自分たちにとって利益にならない」という思想である。他宗教への寛容を税という金銭で引き換えに認める実利的な規定を持つ宗教は、イスラム教だけだ。

①キリスト教は、キリスト教会が全人類の唯一普遍の宗教であると主張し、他教を排斥しようとしてきた。
②キリスト教は、排他的であり、異質な教義を厳しく禁じ、異端狩りは残忍を極めた。
③キリスト教は、ユダヤ教のように、「ユダヤ人だけが救われる」という選民思想を持たないが、すべての人間をキリスト教に改宗させることを目的とし、他の宗教を邪悪と見なす。

イスラム教には、対立よりも、通商を重んじる合理主義的な側面がある。

イスラム教では利子徴収が禁止されている。

①イスラムでは不労所得は容認されない。
②投機を認めない。利子はリスク管理から派生するモノであるため、ギャンブル性を持つ。投機は未知の結果を人間が推し測ることであり、未知や未来を決定する神への挑戦となる。
利子は金持ちをさらに金持ちにし、富の分配の公正さに反し、搾取を生む原因となる。
④利子は一定の時間によって生み出される。時間は神のモノであり、それを金銭に変えることは、神への冒涜となる。
⑤ムハンマドが、「ユダヤ人から借金をしたときに、高額の利子を要求されたこと」に対し、利子の不当性に言及した。

イスラムでは、銀行を中心とした金融資本が発生せず、近代産業の資金を調達できなかった。

宗教と抗争

宗教は国家や政治に利用さる。また、国家や政治の利権争いの醜悪が、宗教的使命の美名によって、粉飾され、覆い隠される。とくに、一神教は絶対的な真理を掲げ、抗争を助長する要因として存在してきた。一方で、これらの対立は純粋な宗教理念によるものではなく、根底にあるのは世俗的な利権争いに他ならない。その意味において、世俗の争いさえ解消されれば、宗教は互いに平和的に共存できたことを歴史が示している。

宗教それ自体に問題があるのではなく、宗教を抗争のツールとして利用する人間の思考に問題がある。
神は物言わぬ沈黙者だ。
しかし、神は、現世の人間の思惑によって、いつも雄弁に語らされる。

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